KUROKEN's Short Story 20
国語の教科書に載っていた星新一の「おーい でてこーい」にいたく感動した中学生のころ。ちょうど〈ショートショートランド〉という雑誌が発刊されたことも重なって、当時の僕はショートショートばかり読みあさっていました。ついには自分でも書きたくなり、高校時代から大学時代にかけて、ノートに書き殴った物語は100編以上。しょせん子供の落書きなので、とても人様に見せられるようなシロモノではないのですが、このまま埋もれさせるのももったいなく思い、なんとかギリギリ小説として成り立っている作品を不定期で(毎日読むのはさすがにつらいと思うので)ご紹介させていただきます。
俺の産んだ美女
最初にその異変が起こったのは四限目の数学の授業中だった。
朝飯抜きで学校へやってきた俺は、この時間になるとめまいを感じるくらい猛烈に腹を空かせていた。
授業はまだ終わらないのか? 積分なんてどうでもいい。今は赤飯を食べたい気分だ。
机に突っ伏したまま、そんなことを考える。
今日の弁当はなんだろう? 唐揚げ? 焼き肉? それとも昨日の晩飯で残ったトンカツだろうか?
とたんに、俺の口の中は唾液でいっぱいになった。
昨夜のトンカツはほっぺたが落ちるかと心配になるくらいうまかった。もう一度食べたいなあ。
口の端からこぼれ落ちたよだれをすすり上げたそのときだ。
俺の喉が急にゴロゴロと鳴ったかと思うと、いきなり口の中にトンカツの切れ端が現れた。
な、なんだ? なんだ?
俺は慌ててそのトンカツを吞みこんだ。
ゆうべのトンカツが胃袋から逆流してきたのだろうか? いや、いくらなんでももう消化されているはずだ。形も味もそのままだったし……一体、どういうことだ?
あまりにもびっくりしすぎて、俺は空腹であることをすっかり忘れてしまっていた。
異変はその日の夜にも起こった。
俺は眠気と戦いながら宿題を続けていたが、途中で消しゴムが見当たらないことに気がついた。どうやら、学校へ忘れてきたらしい。
さて、困った。
俺はくちびるを突き出した。
消しゴムがないと宿題が続けられない。どうしよう?
心の中でそう思った瞬間、俺の口の中には新品の消しゴムが現れた。
週末にはこんなことがあった。
俺は以前から、母親にファミコンをねだっていたのだが、母の財布のひもがゆるむことは絶対になかった。
今日の交渉もあっけなく決裂し、俺はふてくされながらベッドに寝転がった。
ああ、ファミコンがほしいな。
そんなことを思った直後、
「げ」
俺の口からファミコンが飛び出してきた。
どうやら、俺はものすごい超能力を手に入れたらしい。
心の中で「ほしい」と願ったものが、瞬く間に口の中へと現れる。いろいろ試してみたが、どんな大きなものでも大丈夫だった。
システムコンポ、ビデオデッキ、大型テレビ、ブランド物の洋服……俺の部屋は高価な品物で埋め尽くされた。
手に入れられないものなんてなにもない。
俺はありとあらゆる贅沢を楽しんだが、それでも心は満たされなかった。
理由はわかっている。
女がいないからだ。
俺は不細工だし、口下手だし、まったくもって女にもてるタイプではない。
ああ、女がほしい。
……あ。そうか。べつに難しいことじゃない。女がほしいなら、創り出すまでだ。
俺が創り出した女なら、なにをしたってかまわないだろう。
女がほしい。
俺はひたすら念じた。
とびっきりの美人を頼むぞ。
数秒後、俺の口から飛び出してきたのは裸の美女だった。
「こんにちは」
美女はにこりと微笑んだ。
「うわ」
目のやりどころに困り、俺はうつむく。
「あら、可愛い」
女にそんなことをいわれたのは初めてだった。そうだ、恥ずかしがることなんてなにもない。俺の創った女なのだから、俺には絶対服従のはず。
俺は顔を上げ、乱暴な言葉を吐いた。
「おい、女。これは命令だ。俺にキ、キ、キスを――」
「ねえ。この部屋、ちょっと寒くない?」
俺の言葉をさえぎって、女はいった。
「イヤだ。あたし、裸じゃん。ちょっと、早く服をちょうだいよ。寒いから暖房もつけてもらえる? ねえ、早く」
「いや、そんなことよりまず俺と――」
「お腹も空いたなあ。あたし、果物に目がないんだ。あ、窓の外に美味しそうな柿が実ってる。ひとつもらってもいい? でも、渋柿だと困るわね。ちょっと毒見してもらえないかな? うわあ、それにしてもいい天気! 雲ひとつないじゃん。あたし、おひさまって大好き。日光浴してる瞬間ってサイコーに気持ちいいのよね」
「あの……ちょっと……」
俺は戸惑いながら、彼女の肩にふれた。
「なに? あたしになんか用? あ、面白そうな本。これちょっと見せてね。でも、漫画ばかり読んでたらダメだと思うな。やっぱり若いうちは、古今東西の文学作品をありったけ読むべきよ。でも、この漫画はなかなか面白いわね。あは、あはは。笑っちゃう。あははははは」
「おい、おまえ!」
俺は我慢できなくなって叫んだ。
「俺の話も聞いてくれ。どうして、おまえはそんなにもおしゃべりなんだよ?」
俺の質問に、女は真顔で答えた。
「だってあたし、口から生まれたんですもの」
(1986年11月30日執筆)
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