MAD LIFE 236
16.姉弟と兄妹(9)
5
夜の八時を過ぎても晃は帰ってこなかった。
「もう……どこで遊んでるのかしら?」
江利子は冷めきった味噌汁を前にそう呟く。
カーペットの上に散らばっていた広告を一枚手に取り.晃に置手紙を残すことにした。
八時まで待っても帰ってこないので姉さんは仕事に出かけます
おみそ汁はもういちど温めてね
江利子
書き終えてから、江利子は今朝出かけるときに弟が口にした言葉を思い出した。
――俺、あんな仕事を姉さんに続けてほしくないよ。
――あんな仕事って……私のことを軽蔑してるの?
――ああ、その通りだよ。
立ち上がり、部屋を出る。
私を見下ろす晃の冷たい目。
以前にも、あんなふうな蔑みの視線を注がれたことがあった。
あれはいつだっただろうか?
タイミングよくエレベーターが到着する。
江利子はそれに乗り込み、一階のボタンを押した。
ドアが静かに閉まる。
ふと、頭の中に間瀬浩次の顔が浮かんだ。
そうだ……あの人もあんな目で私を見たことがあったんだ。
心の底から愛していた。
でも、どうしようもない。
浩次さんを恐喝していた張本人が私の父だと知ったとき、彼が私に向けた
冷たいまなざし。
もう、あなたとはつき合えない。
だから、私は彼の前から立ち去ることを決めた。
あんたを利用してやったの、と心にもない捨て台詞を残して。
(1986年4月5日執筆)
つづく
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