MAD LIFE 354
24.それぞれの行動(5)
3
街なかで偶然、中部警部と出会ったのは、午後九時半近くになった頃だった。
「中部さん」
洋樹のほうから声をかける。
「今、ちょうど署のほうへ行っていたんですよ。でも、ほとんど人がいなくて……。なにか大きな事件でもあったんですか?」
「いや、ちょっとね」
中部は明らかに言葉を濁した。
「誘拐じゃないかしら」
由利子がそう口にする。
彼女は俊の身を案じていた。
この時間になっても俊が帰ってこないのは明らかにおかしい。
もしかしたら誘拐されたのではないか?
そう考えて自然に出た言葉だった。
しかしなにやら、中部は勘違いしたらしい。
「なぜ、誘拐事件のことを知ってるんだ?」
慌てた様子で由利子に詰め寄る。
「……え?」
由利子はたじろいだ。
「どうして小崎真知が誘拐されたことを知ってる?」
「え……私はなにも」
予想外の中部の反応に、由利子はただ戸惑うしかなかった。
「小崎真知が誘拐されただって?」
今度は洋樹が中部に詰め寄る。
「一体、どういうことです?」
「え……じゃあ、君たちはなにも知らないのか?」
「当たり前です。社長の娘さんは一体、いつ誘拐されたんです? 犯人は捕まったんですか? 娘さんは無事?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
中部は慌てた様子でいう。
「しかし、君の奥さんはさっき、誘拐がどうとか口走ったじゃないか」
「それは息子の話です」
洋樹は早口で答えた。
「息子? 息子さんも誘拐されたのか?」
「いえ……家出だと思います」
(1986年8月1日執筆)
つづく
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