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愛犬ロックに癒されて

 メタボ検診(特定健康診査・特定保健指導)の案内状が届いた。うーん、正直面倒くさい。
「四十歳を過ぎたら、定期的に人間ドックを受けなくちゃダメだよ」と、周りからうるさくいわれることも多くなったが、こちらは気楽な独り身。僕が死んで誰かが困るわけでもなし、べつに長生きできなくてもいいんだけどなあ、なんて考えることもしばしば。いや、厭世的とかそんな大げさなものじゃなく、単に面倒くさがり屋なだけなんですが。

 僕のテキトーな性格は、この春から一緒に暮らし始めた相棒(オスの柴犬・現在三ヵ月)の命名にもあらわれている。
 彼の名はロック。
 熱いロック魂を持ってほしいから……ってな理由で名づけたわけは当然なく、以前飼っていた犬がマックとクロだったので、単にそれを混ぜ合わせただけのこと。
 小説の登場人物に関しても、キャラクターの外見や性格からあれこれ考え、名前を決める作家が多い中、僕は手もとにあった雑誌や新聞をばっと開いて、飛び込んできた名前を適当に組み合わせておしまい。だって、面倒くさいんだもん。いい加減な男ですみません。

 いつもそんな調子だから、このエッセイの執筆にもひどく困ってしまった。読書日記? うーん、どうしよう?
 最近はロック一色の生活が続いている。
 仕事の合間に読む本も、『柴犬の飼い方』『柴犬はじめてのしつけ』『わかる! 柴犬との暮らし方』……そんなのばっかり。さすがにこれじゃあ、エッセイなんて書けやしない。書いたら「アホか」と叱られる。でも、怠惰な性格が災いして、なかなかほかの本に手を出すこともできない。気がつけば締切目前。やばい。

 なんでもかんでも「面倒くさい」でかたづけてしまう僕だが、ロックの世話だけは飽きることなく続いている。
 とことこ小走りで追いかけてくる姿、困ったような表情で首をかしげるしぐさ、緊張感のかけらもない寝顔……すべてが可愛くて仕方がない。
 もちろん、腹の立つときもある。お気に入りの服におしっこをひっかけられたり、大切な本をかじられたり、夜中にいつまでも鳴きやまなかったり。
 まだまだ子供だから、いっときも目を離すことができず、友人たちと飲みに出かける機会もめっきり減ってしまった。僕がこんなにも世話してあげてるのに、どうしていうことをきいてくれないんだ? とイライラすることも。

 そんなとき、友人に薦められて読んだ本が『犬の十戒』である。「犬と私の10の約束」というタイトルで映画化されたから、ご存知のかたも多いだろう。犬の視点で綴られた、飼い主への十のお願い。「ぼくを信頼してください。あなたの信頼なしにぼくの幸せはありえません」――まるでロックが叫んでいるようで、愕然とした。
 犬は忠誠心が強い。とくに柴犬は、一度リーダーと認めた人間にはどこまでも尽くし続ける性質を持っているらしい。"I have only you"という一文がずしりと心に響いた。

 続いて、ソル・ウィリスさんの『どうして? 犬を愛するすべての人』を読む。
 『犬の十戒』同様、インターネットで広まり、話題となった作品だ。
 犬から飼い主へ宛てられた手紙というスタイルで、語り手の一生が描かれていく。人間の身勝手によって動物収容施設へ持ち込まれ、自分の未来がまもなく終わりを回ることを語る主人公。しかし、それでも彼は飼い主を恨んだりはしない。ただ、「どうして?」と問い続けるだけである。

 もう一冊。児玉小枝さんの『どうぶつたちへのレクイエム』には、収容施設へ持ち込まれた動物たちの写真が、全編にわたって掲載されている。
 最後に記された「ここに写っている子たちは、もうこの世にはいません」という言葉が、胸に深く突き刺さった。
 日本国内だけでも、年間約二十万頭の犬が処分されているという驚くべき事実。「赤ちゃんにかみつくと困るから」「引っ越し先はペットお断りだから」「新しく子犬を飼ったから」――信じられないような理由で、たくさんの犬が命を落としている。彼らは決して人間を恨もうとしないから、なおのこといじらしい。

 僕を大切に思ってくれる人は、少なからず存在する。しかし彼らは、僕がこの世から消え去ったとしても、きっと代わりを見つけることができるだろう。
 だけど、ロックは違う。僕がすべて――僕じゃなければダメなのだ。だから、こちらもくたばっちゃいられない。
 柴犬の命は約十五年。その頃、僕は五十半ばのおっさんだ。それまで元気でいなくては。メタボ検診も人間ドックも、面倒くさいなんていってはいられない。
 幸い、ロックの世話に追われて、酒もほとんど飲まなくなったし、毎日の散歩で運動不足も解消中。なにがなんでも長生きしてやる!
 この原稿を書いている最中も、僕の足もとで彼は幸せそうな寝息を立てている。一体、どんな夢を見ているのか。僕も思わず微笑んでしまう。

 これからもよろしくな、相棒。


〈小説現代〉2008年9月号 掲載

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