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MAD LIFE 048

4.殺しのリズムに合わせて(3)

2(承前)

「こうなったら最後の手段だな」
 長崎は口元に笑みを浮かべていった。
「間瀬瞳を誘拐する。この前は写真を落とすというへまをやって失敗に終わったが、今度こそあいつを人質にしてたんまりと金を頂くことにしよう」

 瞳は洋樹に電話をかけようと受話器をつかんだが、結局ダイヤルを回すことができなかった。
 もう、あの人に会ってはいけない。
 受話器を戻すと、チンと寂し気にベルが鳴った。
 あの人には奥さんがいる。子供もいる。こんな関係はやめなくては。
「でも……」
 瞳は呟いた。
 受話器の上に涙が落ちる。
「愛してるの……どうしても会いたいの……」
 洋樹との熱い口づけ。
 あのとき、瞳はこれまで味わったことのない多幸感に全身を包まれた。
 このまま溶けてしまってもいいとさえ思ったくらいだ。
 それなのに今は寂しくて仕方ない。
 電話のベルがけたたましく鳴った。
 また長崎だろうか?
 震える手で受話器を取る。
「はい。間瀬ですけど」
『瞳? 俺だよ』
 それは瞳の兄――浩次の声にそっくりだった。
「兄さん?」
 受話器を強く握りしめる。
「兄さん? いや違う、俺だよ。晃だってば」
 長崎晃――長崎典和の息子で、瞳のクラスメイトだ。
 瞳は初めて、彼の声が兄にそっくりなことに気がついた。
「なんの用?」
 そっけなく尋ねる。
『三日前はごめんよ』
 晃は申し訳なさそうにいった。
 受話器の向こうで何度も頭を下げている姿を想像する。
「謝る必要なんかないって」
 瞳はいった。
「むしろ、私のほうがお礼をいわなくちゃね。危ないところを助けてもらったんだから」
 白々しいセリフであることは百も承知だ。
 もちろん、その言葉は瞳の本心ではなかった。

(1985年9月29日執筆)

つづく

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