見出し画像

MAD LIFE 046

4.殺しのリズムに合わせて(1)

 八月某日。
 気温三十度越えの暑苦しい毎日が続いている。
 ここは地獄かと勘違いするほど蒸し暑い満員電車の中で、洋樹はじっと耐えていた。
 汗がとめどなく噴き出す。
 天井に取り付けられた扇風機など、なんの役にも立っていない。
 あの大冒険から三日。
 それまで平凡だった洋樹の人生は、一枚の写真を拾ったことによって大きく狂わされた。
 今もその狂いは修正されていない。
 良心の呵責で胸が痛くなる。
 由利子を騙していることが心苦しかった。
 このままじゃだめだ。
 なるべく早く、瞳との仲にけりをつけよう。
 そう思うのだが、愛らしい彼女の表情をどうしても忘れることができなかった。
 俺は……あの娘を愛してしまったのか?

「春日さん」
 電車を降りて、会社への道のりを歩いていると、中西に声をかけられた。
「ああ、中西君」
 額の汗を拭って口を開く。
「お母さんはもう大丈夫か?」
「ええ。すっかりよくなりました。でも……なぜ警察へ通報したらいけないんだって文句をいって怒ってます」
「すまない」
 洋樹は中西に謝った。
「いえ。俺はべつにいいんですよ。瞳ちゃんのためだってことはわかっていますから」
「ああ」
 洋樹は頷いた。
 もし警察に通報して、長崎が逮捕されたら、あいつのことだ――瞳の兄のことまでしゃべるだろう。
 兄貴も捕まったら、瞳はひとりぼっちだ。
 そうなったら、誰を頼りに生きていけばいい?

(1985年9月27日執筆)

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?