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〈趣味〉を語る

 二十世紀のフィナーレと共に、めでたく推理作家協会に入会することのできた私だが、会員名簿用の自己紹介文を書いている途中で、むむむと頭を抱え込んでしまった。
 私を悩ませたのは〈趣味〉の項目。
 なんとも厄介なシロモノであった。

 これまでであれば、なにひとつ迷うことなく、「小説らしきものを書き散らして、いやがる友人たちに無理矢理読ませることが私の〈趣味〉です」と、胸を張って答えることができた。
 しかし、ほとんど売れていないとはいえ、本を出版してそれなりの報酬をもらい、さらには憧れの協会にまで入会させていただいた今となっては、小説書きを〈趣味〉と呼ぶことなんてできそうにない。
 だとしたら一体、私の〈趣味〉ってなんなのだろうかと、原稿を前に固まってしまった次第である。

 小学生の頃から続けている水泳も、二十歳を越えてから虜となったスキーも、確かに〈趣味〉と呼べないことはないのだろう。
 しかし、どちらもすでに「楽しむ」という域をはるかに超えて、真剣になりすぎてしまっている。
 苦痛に感じることもしばしば。
 かといって、やらないでいれば、イライラ感が募り、なんとも落ち着かない気分となる。
 これでは〈趣味〉とは呼べない。もはや〈中毒〉の類といっていいだろう。

 さて、そうなると、自分という人間が驚くくらいに無趣味であることに気がついた。
 ビデオ鑑賞は?
 いや、月に二、三本見る程度ではとてもとても。
 音楽鑑賞は?
 アイドルの追っかけをやっていたという過去をわざわざ暴露するほど、私も恥知らずではない。
 読書が〈趣味〉です――などとこの場で述べたら、「おまえはアホか」と一蹴されるだけだろうし……むむむむむ。
 普段使わない頭をフル回転させてはみるものの、〈趣味〉と呼べるものなどなかなか思いつかない。

 ちょうどそんなとき、腰を痛めて動けなくなってしまった。
 アルバイトで、大型テレビを十台以上運んだのが運の尽き。
 まだまだ若いと思っていても、三十路を越えれば、やはりどこかにガタがくるらしい。
 信頼のおける整体院で診てもらうと、先生は僕の裸を見るなり、

「うわ、こりゃびっくり、すげえ腹。太りすぎだよ、おまえさん。お腹の肉が背骨にね、負担をかけているんだよ。なにを食ったらそうなるの?」

 と辛辣なお言葉。

「痩せなさいったら痩せなさい。そうすりゃ、すぐに治るから」

 そういえば、先日、十年ぶりに健康診断なるものを受けたときも、診察の結果は〈太りすぎ〉だった。
 太っていることは自覚している。
 痩せようとも思っている。

 近所のリサイクルショップで千円のウォーキングマシーンを購入し、ビデオを観ながら汗だくで歩いたり、カラオケはカロリーの消費がいいからと、新しい曲を覚えて大声で歌ったり、ぜい肉を引き締めるため、読書の最中に下半身のストレッチを行なってみたり、夏は泳いで、冬は滑って、考えてみれば一年中ダイエットらしきことにチャレンジしてはいるのだが、しかしいっこうに体重の減る気配はない。

 と、ここまで書いてきてふと気がついた。
 そうなのだ。
 水泳もスキーも、ビデオ鑑賞や音楽鑑賞、読書にいたるまで、すべてダイエットという目的があったからこそ、ここまで頑張ってこれたのかもしれない。
 すべての〈趣味〉はダイエットに通ず。
 どうやら、私の〈趣味〉はダイエットと断言してもよさそうだ。

 メフィスト賞を受賞して、デビュー作『ウェディング・ドレス』を上梓したとき、そのお祝いにと一万円以上もするダイエット薬を頂戴した。
 半年経っても効果はあらわれないが、それでもまだ飲み続けている。
 暇さえあれば、耳の〈痩せるツボ〉を刺激している。
 サウナで塩もみ。
 ハーブティーをがぶ飲み。
 毎晩、体重計に乗っては一喜一憂。
 体脂肪計は力を込めて握りすぎたため、すでに塗装が剥げ落ちてしまっている。
 気がつかなかった。
 僕はいつの間にやら、すっかりダイエットの虜となっていたらしい。

 今後、「〈趣味〉は?」と訊かれたら、「ダイエット」と答えることにしよう。
 「とてもそうは見えませんね」と笑われたら、「だって〈趣味〉だもん」と開き直ってしまえばいい。
 そもそも〈趣味〉ってそういうもんでしょ?


〈日本推理作家協会会報〉2001年3月号 掲載

 正確には、これは〈ダイエット〉じゃなくて、〈シェイプアップ〉ですな💦

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