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MAD LIFE 340

23.一難去ってもまだ一難(6)

2(承前)

「誰でも――どんな善人であっても、みんな〈狂ったもの〉を内に秘めているものなんでしょうな。〈狂ったもの〉を抑制している理性が、ふとしたことで弾け飛んだとき――」
「そのとき、人はおかしくなるんですね」
 中部の言葉を継いで、徹はいった。
「……中部さん。あなたが会社へやってきたときは、正直驚きました。自分の狂気を知られて逮捕しにきたのかと思ったくらいです」
「まさか」
 中部が静かに笑う。
「……八千万円が戻ってくるとは夢にも思わなかった?」
「ええ」
 目の前の札束を見つめたあと、徹は中部に深く頭を下げた。
「本当に……本当にありがとうございました」
 徹の手元に戻ってきた八千万円は、消滅した立澤組の金庫から見つかった金の一部だった。
 そう――小崎食品会社から金を盗んだのは立澤組だったのだ。
「これでようやく、胸につかえていたものが取れました」
 徹は胸を撫で下ろしながらいった。
「家族者にもすっかり心配をかけてしまいましたから……ちょっと電話を貸してもらってもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
 中部は頷くと、後ろに置かれていた電話機を彼に手渡した。

 小崎徹が自宅に電話をかける数分前のことだ。
 徹の妻、浩子は居間を掃除している最中だった。
 窓ガラスが音を立てて揺れる。
「風が強くなってきたわね」
 浩子は雑巾がけの手を休めて、そう呟いた。

 (1986年7月18日執筆)

つづく

1行日記
もうすぐ梅雨明け――夏休み!


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