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MAD LIFE 199

14.コインロッカーのひと騒動(3)

2(承前)

「ああ、ちょうどいいよ」
 と中西は答えたが、実際のところ、お湯は少しぬるかった。
 だが、真知のことだ。
 うかつに「ぬるいぞ」などといったら、今度は熱湯に変えてしまうかもしれない。
「気持ちいい?」
 再び、真知の浮かれた声が聞こえてくる。
 もしかしたら、新婚気分でいるのかもしれない。
「ああ」
 中西は面倒くさそうに答えた。
「じゃあ、あたしも一緒に入ろうかしら」
「ああ……え?」
 いきなり浴室のドアが開き、真知が顔だけを覗かせる。
「ば、馬鹿!」
 中西は慌ててタオルで身体を隠した。
「冗談よ、冗談。本当に可愛いんだから」
 真知はそういってにっこりと笑う。
「早く出ていけよ」
 洗面器の湯を彼女にかけた。
「きゃっ!」
 真知は悲鳴をあげて、浴室から飛び出していく。
「まったく……」
 湯船に身体を沈めて中西は呟く。
「……なんて女だよ」
 しかし、まんざら悪い気もしていない。
 電話のベルが鳴った。
 真知に勝手に応答されてはたまらない。
 慌てて浴室を出る。
「電話よ」
「わかってるって」
「あら。あなたって意外と逞しい身体をしてるのね」
 腰にタオルを巻いただけの中西を見て、真知はいった。
「うるさい」
「照れなくてもいいのに」
「べつに照れてないさ」
「嘘。顔が真っ赤だけど」
「おまえ、俺をからかうな」
「早く電話に出なくていいの?」
「あ、ああ」
 真知のペースに翻弄されながら、中西は受話器を取った。

 (1986年2月27日執筆)

つづく

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