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黒田研二
2024年2月29日 06:45
20.思いがけない再会(13)5(承前) 顔がひどく熱い。 中西は手のひらを頬にあてながら答えた。「俺は……君に味噌汁を作ってほしい」「今日だけでいいの?」「……え?」 ふたりの視線が絡み合う。「今……なんていった?」 真知の顔を凝視したまま訊く。「ううん、なんでもない。ただの独り言」 顔を赤く染めながら大きくかぶりを振ると、真知は家の中へと上がり込んだ。「お邪魔します。台
2024年2月28日 07:24
20.思いがけない再会(12)5(承前)「ほっといてくれ!」 布団の中から大声で叫ぶ。「ほっといてくれっていっても……お客様がいらっしゃってるんだけど」 ……客? 中西は布団から顔を出した。「誰?」「キレイな女の人だよ。小崎さんってかた」 小崎⁉ 布団から飛び出し、鏡の前で髪型を整える。 パジャマの上からジャージを着て、玄関へと急いだ。 まさかと思ったが、そこに立っていたの
2024年2月27日 07:57
20.思いがけない再会(11)5(承前) 真知に俺の気持を伝えよう。 庭の様子をうかがいながら、中西はそう心に決めた。 だが、どうやって真知に会う? そもそも、彼女はいるのだろうか? いたとして、なんといってこの門を通過すればいい? 恐れ多くも、ここは社長の自宅なのだ。 インタホンに伸ばした手が止まる。 俺ってこんな臆病者だったっけ? 最後の一歩がなかなか踏み出せない。 ……
2024年2月26日 09:29
20.思いがけない再会(10)4(承前) 窓の外の木々が風に吹かれてざわざわと揺れる。「私は今でも……あなたことを……」「なにをいまさら」 浩次は寝返りを打ち、江利子から視線をそらした。「もう遅い」 そういって、布団を頭までかぶる。 江利子を憎む気持ちはもうどこにも存在しない。 でも、元の関係に戻ることは不可能だ。 ふたりの気持は大きく離れてしまっている。「浩次さん……」「
2024年2月25日 08:35
20.思いがけない再会(9)4(承前) 江利子の表情が変わった。「死ぬつもりだったの?」「ああ」 浩次は窓の外を見たまま頷いた。「郷田にやられて……このまま死ねるならまあいいかと思っていたのに……俺を助けたお節介者は誰だ?」「私よ」 江利子が答える。「私、テレビのニュースであなたがパトカーから飛び降りて怪我したことを知って、慌ててこの病院へやってきたの。それが三日前。でも私、あな
2024年2月24日 08:25
20.思いがけない再会(8)4(承前) 浩次は叫び声をあげ、頭を抱え込んだ。「やめろ! やめろ! やめてくれ!」 ――浩次さん。 苦しむ彼の耳元に、今度はやさしい響きの女性の声が聞こえた。 誰だ? ――浩次さん。大丈夫? 目を開ける。 暑い。 全身に汗をかいていた。 俺は現実に引き戻されたのだ、と瞬時に理解する。「気がついた?」 浩次はベッドの上に寝かされていた。 不
2024年2月23日 06:33
20.思いがけない再会(7)3(承前) 洋樹は激しく動揺した。 というのも、突然、封印したはずの過去の記憶が鮮やかによみがえってきたからだ。「友恵」 洋樹はぼそりと呟いた。 どうして急に、こんなことを思い出したのだろう? 一定の回転速度を保ち回り続けているレコード盤に目をやる。 流れている歌のタイトルは「追慕」。「友恵」 洋樹はもう一度、その名前を呼んだ。 強く唇を噛む。
2024年2月22日 06:46
20.思いがけない再会(6)3(承前)愛しい少女へパパとママの犯したあやまちをゆるしておくれ愛しい少女へこんなパパとママをゆるしておくれでもこうするしかなかったんだこんなおろかなパパとママを愛しい少女よ愛しい少女よどうかどうかゆるしておくれ 俊はその詩を読み終えると、二枚目の便箋を見た。 そこには大きく乱雑な文字で〈春日友恵〉とだけ記されている。 春日友恵……? 俊は
2024年2月20日 07:34
20.思いがけない再会(4)2 お願い……早く受話器を置いて。 瞳は電話の向こう側にいる顔の見えない相手に、強く念を送った。 だが、ベルはいつまで経っても鳴りやまない。 しばらくの間、瞳と電話との睨み合いは続いた。 どうして受話器を置いてくれないの? ――どうして受話器を取らないの? ……え? 瞳の心の中に突然、別の意識が流れ込んでくる。 ――ねえ、教えて。どうして受話器を取っ
2024年2月19日 09:19
20.思いがけない再会(3)2 俺はどちらを愛しているのだろう? 中西はベッドで仰向けになったまま、じっと天井を見つめていた。 明日は瞳とのデートだが、どうしても憂鬱に感じてしまう。 最近は瞳と一緒にいると、決まって気まずさのようなものが心につきまとった。 原因はわかっている。 真知の存在だ。 わずか三日間だけ、ひとつ屋根の下で暮らした女。 離して! と大声で叫ぶ彼女の口を、中西
2024年2月18日 06:23
20.思いがけない再会(2)1(承前)「……え?」 男は浩次の顔を見て、一瞬ひるんだような表情を見せた。「間瀬か?」 野太い声には聞き覚えがあった。 目をこすり、男の姿を確認する。「おまえは……郷田」 かつて立澤組の一員として、浩次に仕えていた人物だ。 浩次と数名の幹部組員が逮捕され、立澤組は完全に崩壊した。 今、郷田がなにをやっているのか、浩次は知らなかった。「ちょうどよか
2024年2月17日 03:01
20.思いがけない再会(1)1 九月五日、深夜。 今日も夜を忘れた街に大勢の人たちが集まってきた。 彼らは皆、昼間は別の顔を持っており、また大なり小なりの悩みを抱えている。 もちろん、浩次だって例外ではない。「くっ……」 浩次は痛みを堪えきれず、腹を押さえて呻いた。 全身が熱い。 溶けてしまいそうだ。 もう一度、瞳に会って……それから死のう。 そればかりを思いながら先を急ぐ。
2024年2月16日 05:34
19.兄貴(16)5 ノックを二回してから、「間瀬さん」 と声をかける。 中から返事はない。「夕食ですよ」 担当の看護師はドアを開け、室内に入った。 風が髪を撫でていく。 開いた窓のそばで、カーテンがダンスを楽しんでいた。 ベッドの上に間瀬浩次の姿はない。「間瀬さん! どこですか?」 看護師は大声をあげたが、返事があるはずもなかった。 間瀬浩次は逃げたのだ。 いや、でも
2024年2月15日 04:36
19.兄貴(15)4(承前) 瞳へ。 おまえが結婚したとき、私たちはおまえにある事実を伝えようと思っている。 だが、もしそれまで私たちが生きていなかったら、押入れあるに金庫を開けてみなさい。 金庫の鍵はこのアルバムの最終ページに貼ってある写真の裏に隠してある。 金庫のダイヤルは右へ5、左へ2、右へ4回せば簡単に開くはずだ。 おまえが結婚するとき――おまえがこの家を去るとき、おまえは必