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黒田研二
2023年5月31日 07:46
2.不幸のタネをまいたのは?(13)5(承前) 危険な目に遭うかもしれない。 洋樹はそれを心のどこかで期待していたのだ。「おじさん」 ロビーをうろついていると、瞳の声が聞こえた。 ゆっくりと声のしたほうへ振り返る。 夜八時半。 中西の〈レジャー新宿〉への足取りはひじょうに重いものだった。 二日ぶりに解放されたものの、心はどんよりと曇ったままだ。 夜の派手なネオンが、ますます彼
2023年5月30日 08:27
2.不幸のタネをまいたのは?(12)4(承前) 中西はしばらくの間、長崎の顔を凝視していたが、我慢できず、ついに笑い声をあげてしまった。「なにがおかしい?」「俺があんたの仲間になる? 本気でいっているのか?」「ああ」 長崎は頷いた。「おまえは何事にも動じないし、腕っぷしも強い。いい働きをしてくれると信じてる」「馬鹿馬鹿しい。あんたの仲間になんかなるわけないだろう」「いや、おまえは
2023年5月29日 10:57
2.不幸のタネをまいたのは?(11)4(承前) 中西美和は不安に押し潰されそうだった。 息子からはまだなんの連絡もない。 夫が好きだったレトロ感漂う柱時計を見上げる。 いつの間にか夜の七時だ。 今日も息子は帰ってこない。 今まで、こんなことは一度もなかったのに。 美和はため息をついた。 そのときだ。 玄関の扉が乱暴に叩かれる。「望!」 美和は思わず息子の名前を叫んだ。 扉
2023年5月28日 07:13
2.不幸のタネをまいたのは?(10)3(承前) 瞳は受話器を戻すと、うつろな目で洋樹を見上げた。「私……どうすればいい?」「いまの電話は長崎という奴からだったんだな?」「うん……明日、〈レジャー新宿〉へ金を持ってこいって」「金は俺が貸すよ」 洋樹の言葉に、瞳は驚きの表情を示した。「全然関係のないおじさんにそんなこと――」「関係なくはない。君の写真を拾ったのが、なにかの縁だったんだ
2023年5月27日 07:17
2.不幸のタネをまいたのは?(9)3(承前) 瞳は顔を伏せたまま、話を続ける。「二日前……私が目を覚ましたときには、兄はもういませんでした。枕元に置き手紙があって……『金を集めてくるからしばらく留守にする』って……」「そのあと、お兄さんからはなんの連絡もないんだね?」 洋樹の問いに、瞳は黙って頷いた。 窓の外が徐々に薄暗くなっていく。 瞳は立ち上がると、部屋の灯りを点けた。 室内が
2023年5月26日 10:00
2.不幸のタネをまいたのは?(8)3(承前)「ここではなんだから中へ入ろう」 洋樹はそういうと、周りに人目がないことを確認し、瞳と共に部屋の中へと上がりこんだ。 室内はかびくさい。 むっとした空気に思わずむせ返りそうになる。 洋樹は畳の上に座ると、涙を拭う瞳に尋ねた。「お兄さんがいなくなったのはいつ?」「……二日前」 瞳がぼそりと答える。「どうしていなくなったのか、その理由はわ
2023年5月25日 08:00
2.不幸のタネをまいたのは?(7)3(承前) 瞳の住むアパートに向かってひた走る。 やがて白い建物が目の前に姿を現した。 部屋の前に立ち、荒れた呼吸を整えながら呼び鈴を押す。 瞳の声が耳に届いた。 口調は明るいが、うわべだけなのは明らかだ。 ゆっくりとドアが開き、瞳が顔を出す。「おじさん!」 洋樹の姿を見ると、彼女は嬉しそうに笑った。「来てくれるって信じてたよ」「教えてほしい
2023年5月24日 08:16
2.不幸のタネをまいたのは?(6)3(承前) 退社時刻となった。 洋樹は昨日と同様、残っていた仕事を大急ぎで片付けると、誰よりも早く会社を飛び出した。 警察へ連絡したほうがいいのでは? いや、まずは彼の母親に相談すべきかもしれない。 洋樹はまっすぐ中西の自宅へと向かうことを決めた。 空いた電車に乗り込み、空いている座席に腰を下ろす。 座って電車に乗るのはひさしぶりのことだ。 妙に
2023年5月23日 07:11
2.不幸のタネをまいたのは?(5)3 プラットホームに瞳の姿を見つけたとき、洋樹は驚きのあまり、持っていた傘を落としそうになった。「あ、おじさん」 唖然とする洋樹のそばに駆け寄り、少女は屈託ない笑みを浮かべる。「やあ……偶然だね」 洋樹はどぎまぎしながら彼女にそう告げると、あたりをきょろきょろと見回した。 こんなところを誰かに見られたら大変だ。 由利子の耳に届いたら、今度こそとんで
2023年5月22日 06:20
2.不幸のタネをまいたのは?(4)2(承前) 数時間が経過した。 といっても、中西は腕時計を持っていない。 外の様子がまるでわからない密室の中では、今が何時なのかさっぱりわからなかった。 おそらく数時間が経ったのだろう、と感じただけだ。 室内にふたりの男が入ってくる。 ひとりは小池。 もうひとりは中西が初めて見る人物だった。 背が高く、黒のスーツを颯爽と着こなしているが、白のハン
2023年5月21日 08:05
2.不幸のタネをまいたのは?(3)2(承前)「…………」「おまえは人殺しの肩を持つ気なのか?」 人殺し。 非日常的な言葉に中西は戸惑った。 小池たちに強請られている人物が、彼らのいうとおり、本当に人を殺したというのなら、まったく同情できるものではない。「しばらくそこで休んでな」 初老の男が中西にいう。「おまえの処分は明日、長崎さんが帰ってきたら考える」 それだけ告げて、彼は倉庫
2023年5月20日 06:59
2.不幸のタネをまいたのは?(2)2 雨音で目を覚ます。 身体のあちこちが痛い。 中西は苦痛に顔を歪めながら、寝返りを打った。 いつの間にか眠ってしまったらしい。 彼の手足はロープでがんじがらめにされていた。 思いきり殴られた顔は、まだ腫れているらしく、じんじんと疼いている。 中西は昨夜のことを思い返した。「おまえ、何者だ?」 中西を縛りあげると、小池は煙草くさい息を吐き、そ
2023年5月19日 08:29
2.不幸のタネをまいたのは?(1)1 朝、洋樹は由利子の声で目を覚ました。 まだ薄暗かったが、枕元の目覚まし時計は七時半を回っている。 どうやら雨が降っているらしい。「あなた」 再び、階下から由利子が叫ぶ。「どうした?」 洋樹は大きく伸びをすると、ぶっきらぼうに訊いた。 理由はわからないが、彼女の声がやけに不快に感じられる。「電話よ。中西さんのお母さんから」 昨日の午後から、
2023年5月18日 06:22
1.ねじが抜けてなにかが狂った(14)7(承前) 電話が鳴る。「今頃、誰かしら?」 濡れた手をエプロンで拭いながら、由利子は洋樹の隣に腰を据えている黒い塊に手をかけた。「はい、春日ですが」 沈黙が続く。 由利子の眉がわずかに歪んだ。 どうやら、相手はなにも喋らないらしい。「もしもし? どちら様ですか?」 苛立った口調で彼女はいった。「悪戯ね」 ため息混じりに受話器を置く。