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ろんぐろんぐあごー

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デビュー以前に書いた素面では到底読めない作品をひっそりと公開。
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2023年5月の記事一覧

MAD LIFE 027

MAD LIFE 027

2.不幸のタネをまいたのは?(13)5(承前)

 危険な目に遭うかもしれない。
 洋樹はそれを心のどこかで期待していたのだ。
「おじさん」
 ロビーをうろついていると、瞳の声が聞こえた。
 ゆっくりと声のしたほうへ振り返る。
 夜八時半。

 中西の〈レジャー新宿〉への足取りはひじょうに重いものだった。
 二日ぶりに解放されたものの、心はどんよりと曇ったままだ。
 夜の派手なネオンが、ますます彼

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MAD LIFE 026

MAD LIFE 026

2.不幸のタネをまいたのは?(12)4(承前)

 中西はしばらくの間、長崎の顔を凝視していたが、我慢できず、ついに笑い声をあげてしまった。
「なにがおかしい?」
「俺があんたの仲間になる? 本気でいっているのか?」
「ああ」
 長崎は頷いた。
「おまえは何事にも動じないし、腕っぷしも強い。いい働きをしてくれると信じてる」
「馬鹿馬鹿しい。あんたの仲間になんかなるわけないだろう」
「いや、おまえは

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MAD LIFE 025

MAD LIFE 025

2.不幸のタネをまいたのは?(11)4(承前)

 中西美和は不安に押し潰されそうだった。
 息子からはまだなんの連絡もない。
 夫が好きだったレトロ感漂う柱時計を見上げる。
 いつの間にか夜の七時だ。
 今日も息子は帰ってこない。
 今まで、こんなことは一度もなかったのに。
 美和はため息をついた。
 そのときだ。
 玄関の扉が乱暴に叩かれる。
「望!」
 美和は思わず息子の名前を叫んだ。
 扉

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MAD LIFE 024

MAD LIFE 024

2.不幸のタネをまいたのは?(10)3(承前)

 瞳は受話器を戻すと、うつろな目で洋樹を見上げた。
「私……どうすればいい?」
「いまの電話は長崎という奴からだったんだな?」
「うん……明日、〈レジャー新宿〉へ金を持ってこいって」
「金は俺が貸すよ」
 洋樹の言葉に、瞳は驚きの表情を示した。
「全然関係のないおじさんにそんなこと――」
「関係なくはない。君の写真を拾ったのが、なにかの縁だったんだ

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MAD LIFE 023

MAD LIFE 023

2.不幸のタネをまいたのは?(9)3(承前)

 瞳は顔を伏せたまま、話を続ける。
「二日前……私が目を覚ましたときには、兄はもういませんでした。枕元に置き手紙があって……『金を集めてくるからしばらく留守にする』って……」
「そのあと、お兄さんからはなんの連絡もないんだね?」
 洋樹の問いに、瞳は黙って頷いた。
 窓の外が徐々に薄暗くなっていく。
 瞳は立ち上がると、部屋の灯りを点けた。
 室内が

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MAD LIFE 022

MAD LIFE 022

2.不幸のタネをまいたのは?(8)3(承前)

「ここではなんだから中へ入ろう」
 洋樹はそういうと、周りに人目がないことを確認し、瞳と共に部屋の中へと上がりこんだ。
 室内はかびくさい。
 むっとした空気に思わずむせ返りそうになる。
 洋樹は畳の上に座ると、涙を拭う瞳に尋ねた。
「お兄さんがいなくなったのはいつ?」
「……二日前」
 瞳がぼそりと答える。
「どうしていなくなったのか、その理由はわ

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MAD LIFE 021

MAD LIFE 021

2.不幸のタネをまいたのは?(7)3(承前)

 瞳の住むアパートに向かってひた走る。
 やがて白い建物が目の前に姿を現した。
 部屋の前に立ち、荒れた呼吸を整えながら呼び鈴を押す。
 瞳の声が耳に届いた。
 口調は明るいが、うわべだけなのは明らかだ。
 ゆっくりとドアが開き、瞳が顔を出す。
「おじさん!」
 洋樹の姿を見ると、彼女は嬉しそうに笑った。
「来てくれるって信じてたよ」
「教えてほしい

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MAD LIFE 020

MAD LIFE 020

2.不幸のタネをまいたのは?(6)3(承前)

 退社時刻となった。
 洋樹は昨日と同様、残っていた仕事を大急ぎで片付けると、誰よりも早く会社を飛び出した。
 警察へ連絡したほうがいいのでは?
 いや、まずは彼の母親に相談すべきかもしれない。
 洋樹はまっすぐ中西の自宅へと向かうことを決めた。
 空いた電車に乗り込み、空いている座席に腰を下ろす。
 座って電車に乗るのはひさしぶりのことだ。
 妙に

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MAD LIFE 019

MAD LIFE 019

2.不幸のタネをまいたのは?(5)3

 プラットホームに瞳の姿を見つけたとき、洋樹は驚きのあまり、持っていた傘を落としそうになった。
「あ、おじさん」
 唖然とする洋樹のそばに駆け寄り、少女は屈託ない笑みを浮かべる。
「やあ……偶然だね」
 洋樹はどぎまぎしながら彼女にそう告げると、あたりをきょろきょろと見回した。
 こんなところを誰かに見られたら大変だ。
 由利子の耳に届いたら、今度こそとんで

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MAD LIFE 018

MAD LIFE 018

2.不幸のタネをまいたのは?(4)2(承前)

 数時間が経過した。
 といっても、中西は腕時計を持っていない。
 外の様子がまるでわからない密室の中では、今が何時なのかさっぱりわからなかった。
 おそらく数時間が経ったのだろう、と感じただけだ。
 室内にふたりの男が入ってくる。
 ひとりは小池。
 もうひとりは中西が初めて見る人物だった。
 背が高く、黒のスーツを颯爽と着こなしているが、白のハン

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MAD LIFE 017

MAD LIFE 017

2.不幸のタネをまいたのは?(3)2(承前)

「…………」
「おまえは人殺しの肩を持つ気なのか?」
 人殺し。
 非日常的な言葉に中西は戸惑った。
 小池たちに強請られている人物が、彼らのいうとおり、本当に人を殺したというのなら、まったく同情できるものではない。
「しばらくそこで休んでな」
 初老の男が中西にいう。
「おまえの処分は明日、長崎さんが帰ってきたら考える」
 それだけ告げて、彼は倉庫

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MAD LIFE 016

MAD LIFE 016

2.不幸のタネをまいたのは?(2)2

 雨音で目を覚ます。
 身体のあちこちが痛い。
 中西は苦痛に顔を歪めながら、寝返りを打った。
 いつの間にか眠ってしまったらしい。
 彼の手足はロープでがんじがらめにされていた。
 思いきり殴られた顔は、まだ腫れているらしく、じんじんと疼いている。
 中西は昨夜のことを思い返した。

「おまえ、何者だ?」
 中西を縛りあげると、小池は煙草くさい息を吐き、そ

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MAD LIFE 015

MAD LIFE 015

2.不幸のタネをまいたのは?(1)1

 朝、洋樹は由利子の声で目を覚ました。
 まだ薄暗かったが、枕元の目覚まし時計は七時半を回っている。
 どうやら雨が降っているらしい。
「あなた」
 再び、階下から由利子が叫ぶ。
「どうした?」
 洋樹は大きく伸びをすると、ぶっきらぼうに訊いた。
 理由はわからないが、彼女の声がやけに不快に感じられる。
「電話よ。中西さんのお母さんから」
 昨日の午後から、

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MAD LIFE 014

MAD LIFE 014

1.ねじが抜けてなにかが狂った(14)7(承前)

 電話が鳴る。
「今頃、誰かしら?」
 濡れた手をエプロンで拭いながら、由利子は洋樹の隣に腰を据えている黒い塊に手をかけた。
「はい、春日ですが」
 沈黙が続く。
 由利子の眉がわずかに歪んだ。
 どうやら、相手はなにも喋らないらしい。
「もしもし? どちら様ですか?」
 苛立った口調で彼女はいった。
「悪戯ね」
 ため息混じりに受話器を置く。

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