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編集者たちに伝えたいこと

よしもとの会長・大﨑洋さんの著書『居場所。』を出して3週間がたった。このnoteを書いている4/2現在で5万部。発売直後から多くの方に読んで頂き、うれしい感想をたくさんもらった。

3月に所属する出版社の代表になったことで、いろいろな人に「これが編集者として最後の担当本ですね」と言われた。その度に僕が「これからも本をつくろうと思います」と言うと、相手はすこし驚いた様子で「社長になっても本をつくるんですか⁉︎」と返してくる。

たしかに、僕が呑気にこんなことを言っていられるのは、「社長の仕事」がどんなものかまだまだわかっていないからだと思う。これについては少しずつ覚えていくしかないし、正直なところいつまで「現場仕事」をできるかはわからない。

ただ、『居場所。』をつくって確信したことは、このヒリヒリする体験から離れちゃいけないし、後輩たちに伝えるべきことがまだまだあるな、ということだった。

鯨をどう料理するか

よしもとの会長。正確に言うと、吉本興業ホールディングス代表取締役会長の大﨑洋さん。一般的には「芸能界のドン」「お笑い総合商社の帝王」といったイメージもあり、本を担当させてもらうことが決まったときには、まるで大きな「鯨」を皿にのるように料理しろ、と言われたような気持ちだった。

その後、ともに時間を過ごさせて頂くほど、世間のイメージとは全然ちがうことがわかってくる。

大﨑さんは孤独で、照れ屋で、天才肌で、男っぽくて、少し気まぐれで、お酒が飲めなくて、タバコと豆腐が大好きで、お化けが本気で怖い人。そして、いつも頭の片隅にダウンタウンがいる。ひとことで言うと、愛に溢れた優しい人だ。

この人の本を出して、もしも「売れない」なんていうことがあると、僕は一生後悔するだろうと思って編集に挑んでいた。完成までに2年近くかかり、僕はその間、心が休まることはほとんどなかった。

「大﨑さんの本ならきっと売れますね!」というお声をもらうたびに、「そうですね」と答えたが内心は穏やかじゃなかった。ネタは最高でも、料理人が下手を打てばまずくなる。最高のネタは料理人の心を躍らせるけれど、同時にプレッシャーも強くなるものだ。

編集者は何割バッターなら合格なのか

本づくりをやめて、いわゆるマネージメント仕事に専念することもできる。でも、やっぱり現場でしかできないヒリヒリした体験を続けたほうがいいな、と思った。

大﨑さんの本のように「絶対負けられない戦い」を経験していくことで、自分自身のレベルも上がるし、そうやって七転八倒しながら僕の本が市場に「晒されている」のを後輩たちに見せることができる。

本の編集者は、よく野球の打者に喩えられて「何割バッターか」を見定められる。1割ヒットが出ればそこそこ、2割なら上々、3割を超えれば首位打者クラスだ。

でも。

世に出ていく一冊一冊は、著者にとっては人生をかけた一冊だ。負けから学ぶことはあっても、最初から負けていい本などというものはない。本の編集者は、ドクターXのように「私、失敗しないので」という強い心をもって、自分が担当するすべての本で「著者を勝たせる」気迫と責任を持たないとならない。

本は、読者の人生をより良くするためにつくる。そして誰より、著者自身の人生が変わる。あれだけ壮絶な人生を歩んできた大﨑さんも、「本をだして人生が変わったよ」とおっしゃっていた。

著者は、書くために自分の人生を棚卸し、大切なものを再発見する。そして、その後の人生を再構築していく。それが「本を書く」ということでもある。だから、そこに寄り添う編集者が「3割バッター」でいいわけがない。

そんなことを編集者たちに伝えたくて、これからも七転八倒しながら本をつくり、広める姿を自ら晒していきたい。

「私、失敗しないので」

『居場所。』をつくりながら、何度も何度も自分にそう言い聞かせた。これからも「鯨」に挑む。

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