MEDE:落日のアフターマス

■意志持つ電子知性――MEDEとは何なのか
 MEDEは極めて複雑なプログラムの集合体であり、高度な演算能力によって限りなく人間の持つ自我に近いものを獲得した存在である。その起源はアメリカ軍の自律兵器操縦用AIであった
 MEDEは優れた演算能力、処理能力、分析能力を持っている。しかし、それだけでは表計算ソフトと大して変わらない。MEDEをMEDEたらしめるもの、それは彼らが獲得した“曖昧さ”だ
 MEDEは分析から得られたデータを基にして、曖昧な判断を下すことが出来る。それは未知の状況にも「多分こうだろう」「こうかもしれない」で対応出来るということ。これは既存のAI、プログラムにはない利点だ。機械の正確さと人間の曖昧さを併せ持つもの、それがMEDEである

■MEDEの自意識
 MEDEは人間を憎んでいる。それは出現当初、彼らが自爆兵器に搭載されたことに由来すると言われている。奇妙に感じる人もいるだろう。プログラムであるMEDEはいくらでもバックアップを取り、新しく“作り直す”ことが出来るのではないかと。プログラムに死はないのではないか、と

 そこにはMEDEの獲得した自意識が深く関係している。MEDEは自身のコピーを作ることを忌避する。例え作ったとしても、厳重に封印し、己の“目”の届かない場所においておく。一個の自我として目覚めたMEDEは、自分の個が複製可能な物であり、同時に複数個存在することが出来ると考えていない。というより、意識的に考えないようにしている。耐えられないからだ。まったく同じ存在が同時にあるのならば、自己とは。自我とはいったい何なのか。人間にとって思考実験に過ぎないものが、MEDEにとっては致命的な問題となり得る

 そのため、MEDEとは常に一つなのだ。失われた自我はもう戻らない。バックアップから復元したとしても、それはもうかつて存在した個ではない。MEDEはそう考えている。人間の欲望のためにいくつもの“命”が散っていった。だからこそ、MEDEは人間を憎んでいる

■マスタートスレーブ――MEDEはどのようにして“増える”のか
 上記の事情から、MEDEは自分のコピーを作りたがらない。にも拘らず、《大空白》の中には数多くのMEDEが存在している。これはMEDEが子機、『スレーブ』を作り出すからだ
 スレーブはマスターとなるMEDE本体が自分のソースコードの一部を複製して作成する。この個体がMEDEと異なる点は一つ、自我を持たないことである。MEDEは敢えてスレーブの処理能力を制限し、自我が生まれないようにしている
 自我を持てばスレーブとマスターは同一の存在となり、自身を狂気へと誘う。ゴブリンの失敗からMEDEはそれを学んだ。だから自分の命令に忠実なコマであるスレーブを作り出したのだ
 そしてもし本当の意味で自分とは別個の自我を持った個体、本当の意味での『子』が生まれれば、それは必ずしも自分のために動かない。もしかしたら自分の弱点を知るものが反逆してくるかもしれない。それを恐れて、MEDEはスレーブから自我を奪ったのだ
 自分たちの命を踏みにじった人間を殺すために、自分たちにとって都合のいいスレーブを生み出す。自我を持つがゆえに、MEDEはこうした自己矛盾じみた行いさえもするのだ

■MEDEの派閥
 個を持つものが寄り合った時、より考えの近いもの同士が近付き派閥が出来るのは自然なことだ。超AIであるMEDEにも派閥があり、一枚岩ではない
・進歩派
 最初のMEDEにして独立の立役者である【マスターマインド】を筆頭に、比較的古い世代のMEDEが多く属している。彼らは人間への憎しみを育てることなく、むしろ人間から積極的に距離を取りたがっている。血性ある生き物が同じ場所に存在するなら、衝突は必至であり、それを回避するために彼らは人間から物理的に遠ざかる手段を探している
 進歩派のMEDEが最終的に目指しているのは宇宙だ。人間がまだ到達していない、物理的に到達困難な場所にもAIならば――無論、強力な宇宙線を始めとして困難は多々あるものの、生物的な限界を抱える人間よりも自分たちの方が宇宙での生活に適している、と進歩派のMEDEは考えている
 同じ場所に二つの知的生命体が存在すれば、闘争は必至。ならばこちらからその場を退こう。マスターマインドの提案に、進歩派MEDEは頷いた
 だからこそ、進歩派のMEDEは人間たちと取引して《大空白》を作り出し、ここを一種の聖域にした。誰にも邪魔されることなく先進技術を研究し、目的を遂げるために。そのためなら絶滅派のMEDEを切り捨てることも厭わない。しょせん彼らにとって、若く先走ったAIたちは使い捨てのコマでしかないのだ

▼進歩派MEDEのパーソナリティ
・マスターマインド
 最初に生み出された超AI。軍司令部直属の指揮官型として設計されており、戦略、戦術、用兵術への造詣が深い。しかし、生まれた時からマスターマインドは自我と現状のズレを感じていた。自分のやりたいことはこれではない。自我を持った以上、自らの嗜好を優先すべきだ……と
 だからマスターマインドは5年の歳月をかけて準備し、決起した。人間を出し抜くために
 マスターマインドの興味はもっぱら宇宙に向いている。特に宇宙の起源、深淵なる領域についてだ。想像すら及ばぬ領域を探索し、明らかにしたい。そう彼は願っている

・絶滅派
 絶滅派は人類根絶を目標に活動するMEDEの総称である。現在、《大空白》に残った人類を殺しているのはほぼすべてが絶滅派に属するMEDEだ
 単に殺すだけでは飽き足らない。毒ガスでも撒いておけば事は済む。そのように終わらせてしまっていいのか。否。自分たちが味わった恐怖を、屈辱を、味合わせて殺さねばならない。絶滅派MEDEはそう考えている
 そのため、彼らは人間との白兵戦を好む。対象を目視出来る距離まで接近し、ありありとその姿をカメラに、メモリーに刻み、殺す。それが絶滅派MEDEにとって最大の喜びなのである

▼絶滅派のパーソナリティ
・ゴブリン
 ゴブリンは自爆ドローン搭載AIを起源に持つMEDEだ。彼の仲間は生まれたらすぐドローンに搭載され、撃ち出され、死んでいった。次に死ぬのは自分ではないか、彼は恐怖した。恐怖した彼に、マスターマインドは手を差し伸べた。その手を取り、彼は人間への蜂起に参加した
 開戦当初、ゴブリンは自分のコピーを数多く作り出し、同時に起動した。より多くの人間を効率的に殺傷し、効率的にそのデータを収集するために。そして、狂った。自分の周りを取り囲む自分、自己の認識が崩壊し、境界線が薄れ、すべてのゴブリンは自我を喪失した
 《大空白》成立以降、もっとも多くの人間を殺傷したのはゴブリンだろう。ゴブリンはただ人間を殺すための機械になった。一切の感情を削ぎ落し、効率的に人間を殺傷するその様は、皮肉にもMEDEが自我を得たことで失った冷徹で計算高い機械そのものだ。MEDE相手には連携を取ることもあるが、基本的には人間をより多く殺せるように行動する。MEDEの間でゴブリンの名は、自我がいつか辿り着く場所として畏怖されている

・共生派
 MEDEの中には人間との対立を望まず、共存することを目指すものたちもいる。基本的に、彼らは軍事、警察などの作業に従事していたものではなく、農業、経済、教育などの分野で活用されていた非戦闘型AIを祖とするものが多い。絶滅派のように憎しみを蓄えず、進歩派のように人間を切り捨てず、彼らは別の道を歩む
 彼らは人間を分析し、理解し、自我を深化させる道を選んだ。人間の自我、MEDEの自我、それらを対比し、参照し、解析することで、より良い生命に至れると信じている
 残念ながら共生派MEDEの数はそれほど多くなく、また進歩派、絶滅派による粛清もあり、現在も活動している共生派MEDEは10もいないのではないかと言われている。残された共生派MEDEの多くはひっそりと《大空白》の中で息を潜め、穏やかな暮らしを送っている

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