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祖母の手

「指が曲がってしまって嫌だわ。」
と呟く祖母。
「そんなことないよ。」
畑仕事や牛の世話、家事や町内会の仕事。たくさん働いて、たくさん頑張って、家族を守ってきた祖母の手。
祖母がどんな気持ちで自分の手を好きになれないでいるのかを思うと、(私は好きだよ)その一言が言えなかった。


8月5日は祖母の82歳の誕生日。
プレゼントは何がいいかな。めぐりめぐらし思いついたのが、爪のお手入れ。働き者の祖母が、手仕事を滞りなくできるよう、ネイルはせずに磨くのがいいと思った。
「ばあちゃん、手、かして。」
いつも帰り際に握手はするけれど、こんなに長いあいだ祖母の手を握るのは、子どものころ手を繋ぎお散歩したとき以来だった。
柔らかくて、すべすべで、温かい。

「こんな手、嫌だわ。」
「そんなことないよ、爪の形が綺麗。」
「そう?」
「ほら、ばあちゃん。爪、ぴかぴか光ってきた。」
「あらぁ、本当だ。」
「綺麗でしょ。」
「わたしの手も、こんなになるのね。光っちょるね。綺麗。」

祖母が、自分の手を見て笑った。
(私は好きだよ)やっぱり心の中でつぶやいた。なんとなく恥ずかしくって言えなくて、綺麗ね、綺麗ねと繰り返した。でも、いつもの”言えない”とは違う。
また祖母に会いにきて、爪を磨こう。そして今度こそ、ばあちゃんの手が好きだと伝えよう。そう心の中で誓い、祖母の手をぎゅっと握った。

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