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「東京家政学院発祥の地」

創立者の自宅から始まった東京家政学院大学

★ジャンル【学校】
★場所 新宿区富久町38
★最寄駅 都営大江戸線若松河田駅

これまでの23区発祥の地一覧

★碑文
「大江スミ(旧姓 宮川)は 英国留学後家政学の理想を実現するため1923年(大正12年)この地に家政研究所を開設しました。1925年(大正14年)麹町区(現千代田区)三番町に東京家政学院を創立し今に至ります」

★解説
 住宅街の一角でわかりにくい場所にあります。駅からは現在延伸が進められている外苑西通り沿いに進み、余丁町児童遊園(ここも道路になってしまうのですが)の西側住宅街の一角にあります。
 千代田区編で紹介した「子供のための音楽教室開設の地」(桐朋学園発祥の地)の記念碑が置かれた東京家政学院、こんなところで始まったのですね。建立はごく最近の2014年です。
 創設者の大江スミ(おおえ すみ)は1875年(明治8年)長崎市生まれ。父の勤務に従って1880年(明治13年)に東京に出て、その後東洋英和女学校(現在の東洋英和女学院)に通い、1895年(明治28年)には母校の教員となります。大江の父は、長崎でグラバー商会ににも勤務した開明的な人物だったと言います。またスミの顔には大きなシミがあり、このため結婚は難しいと考えた両親は「学問で身を立たせよう」と考えたともいいます。その後女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大学)に入学しますが、卒業後の1902年(明治35年)から、文部省の命でイギリスに留学し、さらに私費で延長して1906年(明治39年)に帰国します。
 大江が学んだのは家政学ですが、家事技術という狭い分野ではなく、家庭生活を豊かにする家政、さらにはそこから社会も豊かにする家政のあり方を学びました。そしてそうした学問を突き詰めて行くには、「知識」(knowledge)、「技術」(Art)、「徳性」(Virtue)の3つが必要だと考えるようになります。これはのちに家政学院の建学の精神「KVA精神」となります。
 帰国後は女子高等師範の教授となり、様々な著書も著します。1915年(大正4年)に40歳で軍人と結婚しますが、1921年(大正10年)に夫が亡くなる

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