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「創業記念碑」(東京ガス発祥の地)

創業地に出戻りの本社

★ジャンル【企業】
★場所 港区海岸1−5−20
★最寄駅 JR浜松町駅

これまでの23区発祥の地一覧

★碑文
「帝都瓦斯事業ハ其初メ官営トシテ計画セラレ此地芝浜崎町ニ瓦斯製造所ノ建設セラレタルハ明治六年十二月ニシテ瓦斯供給ヲ開始シ銀座街灯ニ瓦斯燈ヲ点火シ行人ヲシテ驚異ノ眼ヲ瞠ラシメシハ其翌年ノ事ナリ後民営ニ移サレ明治十八年十月ニ創立セラレタル我社ハ此地ニ於テ事業ヲ継承セリ爾来物換ハリ星移リ我社ハ他ニ移転シ瓦斯製造所モ廃毀セラレタリ本年創立五十周年ヲ迎ヘ此地ノ嘗テ瓦斯供給ノ本源地ニシテ且ツ我社創業ノ地タリシヲ憶ヒ当時ノ構内一隅ニ此碑ヲ建テ由来ヲ誌シテ記念トス」

★解説
 JR浜松町駅を降りて日の出桟橋方面の歩道橋を降りると、橋脚のすぐ脇に建っています。「創業」とありますが、あれ、巨大な東京ガス本社ビルが建ってますよね? 普通創業地でずっとやってたら碑なんか建てませんよねえ。
 実は東京ガスはここで創業し、本社が移転したのち、再びここに帰って来たのです。碑が建った1935年(昭和10年)にはここを去っていたのです。
 碑には、当初ガス事業は官営とありますが、建設主体は今の東京商工会議所の前身にあたる東京会議所で、そのリーダーは渋沢栄一(しぶさわ えいいち)でした。そして1874年(明治7年)12月18日、東京初のガス灯を金杉橋から京橋まで85基灯します。ガスの最初の用途は街灯、照明でした。
 そのガスを供給する工場はこの碑の場所に造られ、その後1876年(明治9年)、ガス事業は東京府ガス局の運営となり、ガス局はここに置かれます。局長は渋沢でした。しかしやはりこうした事業は民営がいいということになり、東京ガス会社が設立され、1885年(明治18年)に運営が移管されます。その発起人は渋沢栄一でした。なんのことはない、経営形態が変わっただけで常にガス事業は渋沢が先導して引っ張ってきたのです。
 1897年(明治30年)になり本社は神田錦町に移転し、この場所は工場とな

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