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「文化放送発祥の地」

宗教活動から始まった文化放送

★ジャンル【企業】
★場所 新宿区若葉1ー5−36
★最寄駅 東京メトロ丸ノ内線四ツ谷駅

これまでの23区発祥の地一覧

★碑文
「1951年11月、ここ新宿区若葉1-5の地に文化放送(1956年までは日本文化放送協会)の局舎が完成。翌1952年3月31日に東京で2番目の民間放送(JOQR)として電波を発し、2006年7月まで54年にわたりこの地でラジオ放送を続けてきました。新ロマネスク様式の地上6階地下1階建て鉄筋コンクリート造りの局舎は、設立母体がカトリック聖パウロ修道会であったため、ステンドグラス風のファサード、礼拝堂を利用したスタジオ等、随所に教会の雰囲気を漂わせた個性的で味わい深い建物でした」

★解説
 何を隠そうこのすぐそばに住んでいます(笑)。
 四ッ谷駅から新宿通りを新宿方面に向かい、四谷小学校入口の次の信号を左に曲がった少し先の左角、高級マンション玄関前にあります。
 「文化放送」とは名前がちょっと他のメディアとは異質なネーミングですよね。実は解説板にもあるように、元々はキリスト教の宗教放送局として計画されたものでした。
 聖パウロ修道会は当時の占領軍、GHQの民間放送局解禁方針を受け、宗教放送局を造ることを計画します。しかしさすがに外国人は経営の主体となることができず、このため修道会の司祭、パウロ・マルセリーノは帰化し「丸瀬利能」に改名するなどの荒技も駆使しました。
 さらに国内の著名キリスト教徒の協力も得て、免許もないままこの場所に放送局建設を始めます。しかし当時許認可権を持っていた電波監理委員会は、さすがに外国資本主体のしかも宗教放送局という点に強く難色を示し、また他の宗教者からの反発も出ました。そこで他の申請者との一本化を図る中で丸瀬氏は経営からはずれ、日本の他の資本も入れて「教育」「文化」を中心とした商業放送局とすることとし、設立主体の名称も「セントポール放送協会」から、財団法人「日本文化放送協会」に改めて放送開始にこぎ着けました。
 局舎の敷地は聖パウロ修道会の所有地で、今も隣りに同会の日本管区修道院(日本での本部)があります。もともと宗教放送局にするつもりだったた

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