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「旧中島飛行機発動機発祥之地碑」

ゼロ戦などのエンジンを製作

★ジャンル【企業】
★場所 杉並区桃井3-8
★最寄駅 荻窪駅

★碑文
特になし

★解説
 荻窪駅北口から青梅街道を西北に進み、バスならば「日産自動車前」で降ります。道路反対側の日産の販売店角の植え込み内にあります。「ロケット発祥之地」の碑も隣にあります。
 中島飛行機は1917年に創業した航空機メーカーです。現在の群馬県太田市出身の中島知久平(なかじま ちくへい)が創業者です。会社自体の創業地はここではなく、郷里の太田市です。ではここは何かというと、軍からの航空機生産受注が軌道に乗り、生産を拡大するために最初に東京に設けた工場で、それまでアメリカ製などの輸入エンジンに頼っていたのを、自前のエンジン製造に取り組んだ場所なのです。「中島飛行機」が「発動機」生産に取り組み始めた場所ということです。「中島飛行機発動機」という会社があったわけではありません。
 ここに工場ができたのは1925年でした。その後1930年に国産第1号の飛行機用エンジン「寿」が完成し、陸海軍に採用されます。さらに1933年には「」が完成。これは中島飛行機の戦闘機「」に使用されるとともに、三菱重工の零式艦上

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