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※note創作大賞2024「お仕事小説部門」応募作品_お仕事ショートストーリー【営業課長の心得帖】009「朝活?それとも、朝カツ?」

 朝の日差しがゆっくりと窓から差し込んでくる中、軽快なアラーム音が部屋の中に響き渡った。
 ややあって、布団から伸びて来た手が、音源である目覚まし時計を掴む。
「……眠い」
 布団を上げてベッドに腰掛けた四条畷紗季は、半ば覚醒していない脳内で、本日のスケジュールを確認していた。
「……そう言えば、今日からだったな」

 手早く身支度を整えたあと、コーヒーメーカーのスイッチを入れた紗季は、その流れで自宅のノートPCを立ち上げた。
 オンライン会議用アプリをWクリックして、準備しておいたIDとパスワードを入力する。

 某大学院主催のオンラインマーケティング講座。彼女は週2日、全12回のコースを選考していた。
 スタートは朝5時、所謂【朝活】である。
「ある出来事」をキッカケに、更なるレベルアップを誓った紗季は、色々調べた結果、この講座に辿り着いたのだ。
(外部講習は、いかに【自分ごと】に出来るかどうかがポイントだからなぁ)
 ミルクたっぷりのカフェオレをテーブルに置いた彼女は、手元にあるテキストのページを捲った。


「……頭は割と冴えているけれど、身体はまだ起きてないなぁ」
 無事に第1回目の講義が終了、その勢いで早めの出社を決めた紗季は、事務所の最寄駅からオフィスビルに向かう通りを、カツカツと歩いていた。
(そう言えば、京田辺課長は会社に行くのが嫌にならないうちに家を出ている、って言ってたなぁ……毎日何と戦っているんだか)
 事務所ではそんな姿を微塵も見せない京田辺一登が、バババっと布団を跳ね除けている光景を想像した彼女は、思わずクスッと笑った。

 その時、通りの向こう側を、見たことのある中年サラリーマンが、彼女と同じ方向にひょこひょこと歩いていることに気が付いた。
(あれは……寝屋川課長?今日は早いなぁ)
 いつも始業ベルギリギリに飛び込んでくる営業一課の課長、寝屋川慎司を見慣れているため、早朝の景色にイマイチ溶け込み切れていない彼の姿は、若干奇妙に映っていた。
(朝から商談なのかな?それとも……)
 腕時計をチラッと確認した紗季は、こっそりと彼の後をつけることに決めた。


「あれっ、四条畷さん早いねぇ」
「……いえ……寝屋川課長こそ早いですね」
 紗季の尾行スキルは前回から大して進歩していなかったため、今回もあっさり見つかってしまった。
「……これから朝イチで商談ですか?」
「いやいや、これだよ❤︎」
 彼は、自分のスマートフォンを操作して、表示された画面を紗季に見せた。

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 画面を見た途端、早起きした反動が急激に身体にのし掛かってきたような重みを感じた紗季は、よろけながら近くの電柱に手を付いた。
(一瞬頭を過ったことが、まさかの正解だったなんて……)
「大丈夫?四条畷さん。朝ちゃんと食べた?」
 彼女が立ち眩みしたものと勘違いした寝屋川は、あたふたしながら何故かその場で反復横跳びを始めた。
「……身体は、問題無いです。今朝はカフェオレをいただきました」
「お腹に貯まるモノ食べないと元気出ないよぉ。良かったら僕と一緒にあそこ行かない?」
 そう言って彼が指差した先に、紗季は目を向ける。
「あのお店は……?」
「うん、立ち食い蕎麦屋さんだね」
 寝屋川は、嬉しそうにそう答えた。

 カウンターテーブルの上から、心地良いお出汁の香りが漂ってくる。それをすうと吸い込んだ紗季は、割り箸を手にした。
「朝からお蕎麦をいただくなんて、何だかとても新鮮です」
「そうでしょう、そうでしょう」
 着丼した大盛カレーかつ丼を前に、満面の笑みを浮かべて手を揉み揉みした寝屋川は、紙エプロンを首に掛けて言った。
「……相変わらず、素敵な胃袋をお持ちですね」
「うん、何でも美味しく食べられることが、僕の持ち味だからね」
 濃厚極まりない丼の外観を見ているだけでお腹いっぱいになった紗季は、目を閉じながら自分の山菜温そばを口にした。
 身体の中にゆっくりと暖かいものが流れ込むことで、早起きで活性化されていた精神とのバランスがようやく整った感触を覚える。
 普段の朝食はパンが多い彼女だが、たまには和食もアリかなぁ、と思い始めた。

「そう言えば、ウチの大住さんが、【朝ヨガ】にハマってるみたいでさ」
 カレーかつ丼を半分ほど食べ進めた寝屋川が、思い出したように話題を振った。
「知ってます。うちの課の住道君も巻き込まれて、結構大変みたいですよ」
 大学まで体育会系の陸上部だった大住有希と住道タツヤは、以前から2人で早朝ランニングをしていた。そして、たまたまコースの途中にある運動公園で開催されていた【朝ヨガ】の体験コースがよほど自分のフィーリングに合ったのか、有希は即座に本コースの受講を申し込んでいた(ペア割云々とかで、タツヤも一緒に入会させられたらしい)

「みんな、自分のスイッチを入れるために頑張っているんだねぇ」
 話の流れで、紗季が早朝オンライン講座を受講していることも聞いた寝屋川は、軽く腕組みをして頷いた。
「まあ、僕もいま朝活してるけどね。【朝カツ】だけに」
「すみません、そこの紙ナプキン取っていただけますか?」
「おお四条畷クン、なかなか華麗にスルーしてくれたねぇ。カレー、だけに」
「……すみません、もう勘弁してください」
「いやいや、そんなマジ返事されると、オジさん傷ついちゃうよォ!」

 ガクンと肩を落とした寝屋川。
 紗季は、彼のオーバーアクションにクスッと笑いながら、そろそろ本気で【とんかつ同盟】の初回活動日を決めなければなぁ、と考えていた。

#創作大賞2024
#お仕事小説部門


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