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北向き 

当日出されたお題に従い、二十分で千字までの文を書く「千字戦」第一回に参加しました。
一対一のバトルで一戦目は負け、二戦目の「開いている」がお題の、この作品で五位に食い込めました。

「北向き」

 いつもどこからか冷気が入ってきた。夏でも首筋にひやりとしたものを感じた。
 築四十年の新しいとは言えない一戸建てだったから、建具が古びて、ガタが来ているのだろうと、あちこち見てみても、おかしいところはどこにも無かった。建物も裏側はかつての農道で、街角には誰が差しているのか見たことは無いが、いつも花が活けられた道祖神が建っていた。
 「扉が開いているのよ。綾子さん、閉めてきて」
 同居していた義母は介護ベッドのブザーを押し、ことあるごとに、私に言いつけた。確かに冷気は感じたが、「扉は開いていないのよ、お義母さん」と言ったが信じてもらえない。最も義母が私のいうことを聞いたことなんて一度も無かったけれど。そもそも、家族が集う食堂を北向きにし、一年のうち正月とお盆の人寄せにしか使わない仏間を日が射す向きに設計したのは義父で、それに賛同したのではないかと、今はもう亡くなった義母を責めてみる。
 夫に相談するが、冷たい空気なんて気のせいだよ、と相手にされない。暖房を利かせるために、かつて、井戸があったという辺りを掘り返し、電気工事をしてアンペアを増やすという話に夫は同意しない。何故か井戸の話だけがこの家では禁句のようになっている。
 今日も冷たい空気が耳裏を撫ぜた。
 

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