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ハイネの形容するパガニーニを通じて想う

詩人ハインリヒ・ハイネ(1797-1856)は、1830年に聴いた稀代のヴァイオリスト、ニコロ・パガニーニ(1782-1840)の演奏とその時の聴衆について、記録を残しています。

その文章が特異で文学的表現に満ち、豊かな感性に満ちていたので、次に引用してみたいと思います。

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「舞台に現れたのは、臨終間際の男なのか。

瀕死の剣闘士のように痙攣している様子を見せて、聴衆を楽しませようとでも言うのか。

あるいは死からよみがえった、ヴァイオリンを手に持つ吸血鬼なのか。

われわれの心臓から流れ出ている血をすすらないまでも、われわれのポケットから金を吸い上げる男なのか。

パガニーニが弓で妙なことをやっている間、そういう疑問がわれわれの心によぎったが、この巨匠がヴァイオリンを肩に乗せて演奏し始めるや、こんな考えもすぐに収まった。

ご存じのように、私は音に応じて形が見える能力がある。

パガニーニが弓を引くごとに、形だとか、状況だとかが目の前に現れる。

彼はメロディアスな象形文字を使って、ありとあらゆるきらびやかな物語を私に語りかけてくるのだ。

彼はいわば、私の前に色鮮やかで楽しい幻灯の芝居ーー主役はもちろん彼本人ーーを見せてくれるのだ。

.......パガニーニの奏でる音には、言語に絶する神聖な情熱がこもっていた。

その音はしばしば小さく震え、ほとんど聴こえなくなることもある。

水面の不思議なせせらぎのように。

そうかと思うと今度は再び金管のように音が大きくなってゆき、月光も聴きつけるほどに甘美に響き渡る。

そして最後には、千人もの詩人がハープを鳴らして勝利の凱歌を歌い上げるように、音は止めどない歓喜へと流れだすのである」

(スティーブン・サミュエル・ストラットン著、角英憲訳『哀しみのヴァイオリニスト 人間パガニーニ伝』P60・61より引用、(株)全音楽譜出版社)


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何という美にあふれた描写でしょうか。

音を魔術で自由自在に操っている様子がありありと目に浮かんでくるようです。
言葉を上手に選び、それでいて飾りすぎず淡麗な心地の良い響きが読み手に伝わってきます。

多彩な超越した技巧で知られるパガニーニですが、音量を巧みに操りつつ、観客を自分の世界に引き込む能力は誰よりも卓越していたのは確かです。

パガニーニにまつわる評論は当初から多くの芸術家、評論家に疎まれ、保守派からは冷評もされてきました。

しかし、“ヴァイオリン演奏”という観点において大きな功績でありひとつの世界として完全に確立されたものです。現在においても、その演奏技術は継承されていることに、日本でいう無形文化遺産的な音楽的象徴さえ感じます。

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