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ピエトロ・アレティーノ『ラジョナメント』第17回

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ナンナ あっはっは! あぁ、おかしい、みんなから「ジャンポーロの倅」と呼ばれていた男のことを思い出しちゃった。たしかヴェネツィア人だったはずよ。この人はね、扉の裏に姿を隠して、声真似だけで賑やかな芝居を演じてみせたの。この男の扮する意地汚い人足には、どんなベルガモ人でも唸らずにいられなかったと思うわ[ベルガモ人は「粗野で下品な人間」の換称だった]。人足は、年寄りの女中を相手に、奥様へのお目通りを願うのね。すると「ジャンポーロの倅」は、老婆の声真似をしながら言うわけよ「あんた、奥様に何の用だい?」。そこで人足は答えるわ「奥様とお話がしたいのです」。それから、哀れみを誘う調子でこう言うの「奥様、ああ、奥様、わたしは死んでしまいそうです、トリッパを煮る大鍋のように、肺がぐつぐつと煮立っているのです」。こうして男は、この世でいちばん甘ったるい泣き言を、人足風に並べ立てたわ。まんまと奥様にお近づきになると、人足は笑いを立てつつ、四旬節を台なしにさせたり、断食を打っちゃったりさせかねない言葉を、奥様に向かって囁きかけるの。そうしてお喋りに興じているうち、年を食って耄碌した夫が帰ってくるのよ。夫は人足を見かけると、自分のさくらんぼを略奪されている場面に出くわした農夫のように、たいへんな騒ぎを引き起こしたわ。そこで人足は夫に言うのね「旦那さま、おお、旦那さま、あっはっは!」。笑いながら愚かな仕草や身振りに耽っている人足に、老人はこう言ったの「くたばりやがれ、酔っ払いのロバめが」。それから夫は、下女に靴を脱がしてもらうと、妻を相手に、ペルシアだかトルコだかのスルタンについて、良く分からないことを話したのね。腹に巻いていたベルトを外したせいで、尻にはめていた栓までいっしょに外してしまった老人が、これからは腸にガスの溜まるものは食べないと誓いを立てたときは、わたしたちみんな、笑いすぎて漏らしちゃいそうだったわ。こうして夫が横になり、鼾をかきながら眠りにつくと、男は人足の役に戻ったの。奥様と二人きりで、大いに泣き、大いに笑った人足は、とうとう奥様の毛皮を揺さぶってやったのよ。

アントーニア あっはっは!

ナンナ 人足と奥様の声が入り乱れた口論を聞いたなら、あなたはもっと笑っていたと思うわ。人足のいかがわしい言葉が、欲しがり屋の奥様の言葉と相俟って、信じられないほど巧みに演じられていたのよ。いくつもの声に歌い上げられた晩禱が終わってしまうと、わたしたちは広間へと集まったの。そこには、これから喜劇を演じる人たちのための舞台が用意されていたわ。けれど、幕が上がりかけたまさにそのとき、誰かが強く、屋敷の扉を叩いたの。部屋のなかのお喋りが賑やかすぎて、静かに扉を叩いたところで、誰にも聞こえなかったのね。閉じられたままの幕の代わりに屋敷の扉が開かれると、そこにいたのは誰あろう、わが学士候補生さまだったのよ。学士候補生は、たまたまそこを通りかかり、気まぐれを起こして戸口を叩いただけだったわ。だから、わたしがそこに、別の男といっしょにいるなんて知らなかったの。階段を上がり、学生と愛を交わしているわたしを見つけた彼は、人を盲目にするあの呪われた槌に衝き動かされ、(修道士が話していた小咄のように)雌犬を殺すべく野犬を駆り立てた狂おしい怒りに身を染めると、わたしの前髪につかみかかったの。学士候補生はそのまま、広間から階段へ、階段から戸口へと、わたしを引きずっていったのね。その場にいた誰もが、わたしを庇おうとして声をかけたわ。それでも彼は、いっさい聞く耳を持たなかった。ただし、「誰もが」と言っても、学生だけは別よ。あの人は学士候補生の姿を見るなり、ねずみ花火の光線のごとく、瞬く間に消えてしまいましたから。修道院へ連れていかれるあいだ、わたしはずっと学士候補生から殴られていたのよ。そして彼は、修道女を一人残らずかき集め、教会へ唾を吐きかけた下っ端の修道士にお偉方の修道士がお示しになるような節度でもって、わたしの剥き出しの尻をしたたかに打ち据えたの。書見台の革ひもで何度も、数えきれないほど叩かれたせいで、わたしのお尻には手のひらの長さほどもある分厚いみみず腫れができたくらいよ。わたしにとって何よりもまずかったのは、女子修道院長が学士候補生の肩を持ったことだったわ。それからの八日間、わたしはしょっちゅう軟膏を塗ったり、バラのエキスで傷口を潤したりしていたの。そして、生きたわたしに会いたければすぐに迎えに来てほしいと、母に手紙を送ったのね。娘の変わり果てた姿を目にした母は、小斎や早朝の祈禱のためにわたしが健康を崩したのだと思いこみ、いかなることがあろうとも、ただちにわたしを家に連れて帰ると言い張ったわ。修道女たちは何やかやと言って引きとめたけれど、けっきょくわたしはその日のうちに、修道院を出ていったの。家に帰ると、わたしが誰にたいしても抱いたことがないほどの恐れを母にたいして抱いていたわたしの父は、医者を呼ぶため、すぐに誰かを走らせようとした。けれど、一家の名誉を傷つけぬよう、けっきょく誰にも知らせなかったわ。もっともわたしは、お尻の傷を隠し通すわけにはいかなかった。何しろ、聖週間の夕方に礼拝が終わったあと、祭壇の台座の上や教会の扉の前でがらがらと音の鳴る棒が子供たちに振り回されるのとすっかり同じようにして、あぶみ革がわたしの尻の上で振り回されたんですから。そこでわたしは、苦行によって肉体を戒めるために、綿を梳く櫛形の道具に腰かけたせいでこんな傷を負ってしまったのだと説明したの。見え透いた言い訳を聞いて、母は口の端に笑みを浮かべたわ。なぜって、綿を梳く櫛の上に腰かけたりしたら、お尻どころか(あなたのそれが健やかでありますよう)、心臓まで貫くはずだものね。母はわたしのためを思って、何も言わずに黙っていたのよ。

アントーニア あなたがなぜピッパを修道女にすることをためらうのか、わたしにも分かってきたわ。ちょうど今、思い出したことがあるの。天に召されたわたしの母が、昔よく話してくれたことよ。とある修道院のとある修道女は、あらゆる医者の手で自分のスカートのなかに小便器を挿しこませるため、三日おきにあらゆる病気にかかっていたんですって。

ナンナ その修道女のことならよく知ってるわ。長引くといけないから、触れないでおいたのよ。さて、今日は一日中、あなたをお喋りに付き合わせてしまったから、今夜はわたしのところに来てちょうだい。

アントーニア 仰せのとおりにしますとも。

ナンナ こまごまとした仕事を手伝ってほしいの。明日は、昼食を終えてから、わたしのこのブドウ園の、ちょうどこのイチジクの木の下で、妻たちの生活について話しましょう。

アントーニア どうぞ何なりと、申しつけくださいな。

 そう言うと、ブドウ園の戸口へとまっすぐに赴き、スクローファ通りにあるナンナの屋敷へと二人は向かった。陽の沈むころに帰りつくと、ピッパはアントーニアをたくさんの抱擁で迎えた。やがて晩餐の時間となり、三人は夕食をとった。それから少しして、女たちは眠った。

(第一日 終わり)

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