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従順な子供と我儘な子供

2008/11/14
(この記事は2008年のものです)


っていうのは、最近の母の様子である。

母はとっても我儘で、あれが欲しいこうして欲しいと要求が多い。せっかく持っていっても、結局はほとんど使わないものが今までにどれだけあったかしれない。すぐに飽きたり気が変わったりする。

少し前まで絶好調だった母だが、今週あたりから少し変化が見られた。暗くなり、悲観的になり、異常な食欲もいくらかおさまった。

昨日の朝、食堂で朝食が済んだあとに、車椅子の上で久しぶりに意識消失したという。直角に近い座位で居続けることは、母には不可能だ。
今まではなんとかやってこれたが、たまたま時間がいくらか長かったのか、あるいはその時の体調の故か、母は意識を失ってから、その辺りのことをまったく覚えていないらしい。すっかり自信をなくした母は、それ以来病室のベッドで食事をとっているという。

今日、担当医がやってきて、ベッドの上の母に向って話す。
「血圧が下がって意識を失っちゃったけど、今後はそれを怖れずに、できるだけ食堂に行ってみんなとご飯を食べましょう。食後は優先的にベッドに戻してあげるから。ベッドにいれば安心だけど、まだまだいろんなものを見たりしたほうがいい。せっかくこの病院に入院している意味がなくなってしまうわよ」

母の頬は徐々に紅潮して、「はい。はい」と、従順な子供のように、頷き、涙ぐんでいる。母は医師や師長さんの励ましに弱い。何でも言うことを聞いてしまいそうに見える。

「お家の人も、そういう方針でいいかしら?」と訊かれ、「お願いします」と答える。

ほんの少しのつっかえ棒がなくなっただけでも、母は簡単にラクなほうへ流れてしまうタイプの人だ。昔から母は、無理をするということが何より嫌いな人だから。今のままだとすぐに、自分でスプーンを持つことすらできなくなるに違いない。温かくもビシバシと、母を導いていってほしいと思う。

「私は死ぬまでココにいるの?」と、暗い声でそう言われたと、昨日姉から聞かされた。今日、「私をココから出してよっ!!」と必死の形相で母が言うのであちゃーと思っていたら、なんのことはない。ベッドの上で曲がった自分の身体を、真っ直ぐに戻して欲しいということだった。

やれやれ、焦りましたよ。

それにしても母の身体は、また一段と痩せたようだ。肩の辺りも背中も、これ以上ないというくらい、骨と皮だ。膝は変形していて、長い脛は骨だけ。骨の下に、皮がたるんでぶら下がっている。肉を喰いちぎったあとの、鶏の手羽先の骨のようだと想う。

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