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減薬

2008/09/05
(この記事は2008年のものです)


母が介護ホームに入所して、今日初めて内科医の回診があった。都内にいくつかのクリニックを持つグループで、主に老人介護ホームと連携した形で訪問診療をしているところだ。

初回の回診に立ち会ってとの要請で、私は朝からホームでスタンバイしていた。ホームのスタッフさんから「竹之内豊に似たイケメン」と聞かされていたが、ほんとにドクターはえらく綺麗な顔立ちをした男性だった。おまけに優しい。

それまで母は虚ろな眼で、ほとんど私にも話さなかったのに、イケメンドクターに対しては、はっきりと言葉を話す。

母の異常なお腹の音、聴診器を当てて、「ほんとだ、お腹がガスでパンパンだね」とドクターは言う。母のお腹をぽんぽんすると、ほんとにものすごくいい音がする。中に空気がいっぱい入っているような音だ。

大量に飲んでいた薬を、重要なもの以外整理していこうという話になった。整腸剤の類いも飲みすぎで、血圧を上げる薬も飲みすぎで、だからちょっと一部分を思い切ってストップしてみましょうと。

「お薬、減りますよ」と看護師の女性スタッフが言うと、「嬉しいです」と母は静かに喜ぶ。久しぶりに笑顔を見せる。「薬を飲むのが地獄でした」と母は言う。

先日受診しに出かけた、母が入院していた総合病院の科長ドクターは、まったく適当だった。薬の調整が目的だったので、退院後の状態を熱心に語ったのに、「ま、薬は下手に変えないほうがいいな」と言い、そのまんまゴッソリの薬の処方箋を渡されただけだった。

私が母の車椅子を押して退室し、その後姉が食い下がって訊いたところ、進行性の病気だから仕方ないと。このまま悪化したら老人病院等に入院するしかないだろうと。先のない老人に対して、少しでもラクに過ごせるように、生きられるようにと、考える気持ちなんか、かけらもなかった。

一方でこちらのイケメンドクターSは、前向きな方向で話を進める。聞いていると、やがて母の病気は治って、元気に歩き回れるような、そんな錯覚に陥りそうだった。母の中に、希望の光が射し込んでいたことは間違いない。

ドクターSが「バイバイ!」と優しく母に手を振って病室から出ると、「なんだか安心したわ…」と、母は小さく呟く。そうして、「今日、お風呂なの。診察があって気疲れしちゃうからやめようかと思ってたけど、入ろうかな」と言い、自分からナースコールをする。

やっぱり人の気持ちを動かすのは、優しい言葉と優しい眼差し。そして同じ言葉と気持ちなら、顔立ちが綺麗なほうが力があるんだな。世の美男美女はそのパワーを、最大限に活かす努力をしてほしいよ。

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