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「レビー小体型認知症かもしれない私」の備忘録 ③幻臭/嗅覚の異常/聴覚過敏/聴覚の異常


幻臭

時々、におうはずのないニオイがする。たとえば、そこに存在しない生ごみのニオイ。ビール好きの娘と会った瞬間、マスク越しに感じるビールのニオイ。「ガスの元栓が見つからない」という息子との電話のやりとりの最中にガスのニオイ、等々。ニオイと記憶は結びついている。

マッチの燃えカスのようなニオイ。生臭い魚臭。服に付着した雑菌臭。加齢臭、更年期臭……。ひょっとしてコレは自分が発しているのでは? などとと思うと、気持ちがざわつく。必死に自分の身体や衣服を嗅いでみるが、やはり発生源は私ではない。とりあえずそう思っておく。

幻臭のほとんどは臭いほうのニオイだが、2回だけたまらく良い匂いを感じることがあった。1度目はキッチンに立っている時に、次はダイニングにいる時に感じた。

それは何かの花に似た上品で清冽な香りだったが、匂いの元はどこにも存在しない。あっちに行ってクンクン、そっちに行ってクンクン、いったいそれがどこから匂ってくるのか警察犬のように嗅ぎまわったが、結局分からないまま、そのうち匂いは消えてしまった。


嗅覚の異常

嗅覚の低下はないと思っていた。雨上りの雑木林の中を歩けば深い緑の匂いを感じるし、お気に入りのローズウォーターの香りも楽しめる。ただ時々、変だなと思うことが増えた。

ずっと使い続けている柔軟剤の匂いを、あまり感じなくなった。それなのに他人には「すごく良い匂いがする」と言われる。香害になっている可能性もあるとしたら申し訳ない。

インテリアフレグランスにラタンスティックを挿して部屋に置いてみたが、まったく匂わない。代わりにお香を買ってみたが、火をつけると香らない。煙たい臭いがするだけだ。

反対に、臭いはずのものが臭わないこともある。先日、キッチンの排水溝の掃除をした。前回の掃除から結構間が空いてしまい、排水トラップには汚れがたまっていた。各パーツをはずして掃除しながらふと、必ず臭うはずの下水臭がまったくしないことに気づいた。無臭はお得、そんな気分で掃除を済ませた。

一方で自分の嫌いなニオイに対しては、どうやら酷く過敏になっている。キッチンの換気扇から侵入してくる、隣室の調理のニオイが不快でイライラすることが増えた。

商店街のラーメン屋から流れ出る、濃厚なスープやメンマのニオイ。ファッションビルの一角から攻めて来る、バスフレグランスやボディコスメの強烈な香り。ニオイはマスクを突き抜けて、私の眉間を曇らせる。


聴覚過敏

鼻も過敏だが耳もまた過敏で困っている。幻聴とは別に、いつのまにかやたらと耳がよく聞こえるようになっている気がするのだ。

昨年久しぶりに新宿駅のホームに降り立ったら、あまりの騒音に思わず耳を塞いでしまった。複数重なる発車メロディ、駅員のアナウンス、電車の通過音、階段に吸い込まれていく雑踏音。上部に設置されたスピーカーから響くアナウンスは、耳を突き抜け脳に突き刺さるような大音量である。

自閉スペクトラム症の息子の聴覚過敏とよく似ている。以前の私はこんな音の洪水の中を、普通に涼しい顔で歩いていたのだろうか。

最近悩ましいのは、隣と上階の部屋からの深夜の物音と話し声である。それなりにしっかりとした造りの賃貸マンションだと思うのだが、戸境壁や天井がいくらか薄いのかもしれない。

隣に住む男性は最近くしゃみを始めた。きっと花粉症だ。妻と娘らしき女性たちは早口で、なぜか決まって深夜になると勢いよくしゃべり出す。

そしてどこからか毎晩、何かの機械音が数分間鳴り続けるのだ。床を転がすような音も同時に響き渡る。いったい深夜に誰が何をしているのか、機械の正体は何なのか、毎晩ベッドの中で気になっている。

加えて外からは、車の通り過ぎる音。高架を走り抜ける電車の音。救急車のサイレン。酔っぱらった若者たちのはしゃぐ大声。

いくつもの音が重なって耐え難くなり、耳栓をすると今度は耳に自分の心音が響いてしまう。あまりに落ち着かないのですぐに外す。

昨年喉が腫れて耳鼻科を受診した。ついでに聴覚検査を受けたが、耳の聞こえに異常はなかった。私は左耳が特に音が響いて気になるのだが、検査の結果では左右差もなかった。音を感じているのは耳ではなくて脳なのだ。

駅から少し遠くなっても、もう少し静かな環境に引っ越したほうがいいかもしれない。


聴覚の異常

音の聞こえる方向と音との距離間にも惑わされている。たとえば、メールの着信音が背中の方から聞こえたので振り返るが、そこにスマホはない。気づけばスマホは自分の目の前にある。

遠くで着信音が鳴ったなと視線を前方に向けるがスマホはそちらにはなく、自分のすぐ後ろにある。といった具合だ。

散歩中、右折してきた車の音が私の左耳のすぐ近くに聞こえた。轢かれると感じるほどの距離に驚いて、反射的に飛び跳ねるように身をかわした。実際には、車と私との距離は充分すぎるほどあった。傍から見たら明らかに過剰反応だったと思う。

黒い日傘をさして歩いている時、プラプラと揺れるネームが左耳をかすった。微かなはずの音が私の耳には大きく響き、同時に視覚の隅を黒い影(傘のネーム部分)が過った。

それを巨大な蜂か蝉の襲来と感じ取った私は小さな叫び声をあげ、日傘を勢いよくアスファルトに放り出してしまった。あまりにも大袈裟なリアクションであった。

駅に居ても道を歩いていても、思春期の頃だったらとても居たたまれないような醜態を晒して生きている私だが、今はもう平気だ。ちょっと怪しいおばさん、その程度のことだろう。


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