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母の脳

2009/2/11
(この記事は2009年のものです)


最近の母は相変わらず。
冴え渡った脳とこんがらがった脳のごった煮みたいな。

天井の隙間に見える頭蓋骨にネズミが群がって齧りついていたり、隣のお婆さんの口いっぱいに、ウサギが入っていたりする。

キライなスタッフは自分に酷い言葉を浴びせるというし、向かいのお婆さんは夜中に、ベッドヘッドの隙間に頭を挟まれて顔が変色してしまっているので母が慌ててナースコールをしたら、キライな男性スタッフが良く見もしないで「大丈夫」だと言う、そのことが腹立たしいという。

今日は母の好きな酒まんじゅうを持っていったら、喜んで頬張る。餡子がたくさん入っているため重たくて手が疲れるので半分に割ってくれという。
「ウマイねっ、ウマイっ!」と眉根を寄せて力強く呟く母を見ていると、真面目なんだかふざけているんだか、時々本当に分からなくなる。江戸っ子の母は昔から家の中では、時々あまり上品でない言葉を使う。

私はとりあえず、母がおどけているのだと思うことにしているので、そんな母のコミカルな様子を見て大笑いをしている。娘が楽しそうなら、母も楽しいだろうと思う。

母は昨日の夜中、犬と猫が病室にいるのを見た。知らないふりをして黙って紙袋を持って廊下まで行き、扉から紙袋を放り投げたのだという。

「紙袋の中に何が入ってたのよ?」と私が訊くと、母は可笑しそうに、「犬と猫よ」と言う。そうして顔をくしゃくしゃにしながら、「でもヘンよね。廊下の扉なんて夜中に開くわけないしね」と言う。「そうよ。お母さん、歩いていったわけ?」

夜間せん妄が怖いのは、そうやってワケがわからなくなって、歩くどころか立つことすらできない母が、降りようとしてベッドの柵の隙間から身体を滑らせる可能性があることだ。

混沌とした母の脳の一部分はしかし、驚くほど正確に機能している。今週は何曜日に誰が来るかとか、長女が言った言葉、次女との会話、スタッフの名前や家族構成などなど、呆れるほどにきっちりと記憶されている。

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