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年の瀬 母の瀬

2011/12/23

母は、生きている。
骨の上に皮をはりつけただけの姿で、それでも生きている。 
2011年、年の瀬。

昨日の母は土気色の顔をしていて、見開いた両眼にも輝きがない。瞼は落ち込み、頬はこれ以上ないほどに削げ落ち、以前はやや肉厚だった小鼻の脂肪も、どこかへ消えてしまった。

細くてボロボロの血管に、なんとか点滴の針は入るものの、肝心の液体が入っていかない。一旦入れた針を、詫びながら看護師が抜く。

「どうしましょうか? 今日はもうやめてもいいですよ?」と訊かれても、母は小さな声で 「やります」と応える。看護師は慎重に慎重に、なんとか使えそうな血管を探す。

手の甲だったり太ももだったり、足の甲だったり足首だったりする。針を替えて、三度、四度、あらゆる工夫をして試してみるが、どうにか液は入っていくようでも、母には痛みだけが残る。

結局昨日は、点滴することを諦めた。
血管に入れる点滴が難しくなったら、お腹への皮下注射によって、8時間ほどかけて補液をする。あまりに時間が長いので、母はそれが気に入らない。

先週の土曜日には、「死ぬ前に食べたいもの」を列挙した母だった。
「(マグロの)赤身の刺身。ソース焼きそば。銀座千疋屋のフルーツサンド。ハムサンド。すあま。みたらし団子。ラーメン。玉ひでの親子丼…」

宙を見つめながら小声で呟く母が、少し恐かった。人間、最後の最後に残るのは、食欲なのか。それでも母はもう、ほとんど物を食べることができない。おやつの桃ゼリーも、ふたくち目には喉に詰まり、ヒーヒーと声を上げる。そして後から、ふたくち分のゼリーが口の中に戻ってくる。母はもう、何も飲み下すことができない。

これ以上はないだろうと思うほど痩せているのに、病室を訪れる度に、母はさらに痩せていく。人間の骨は丸くはなく、驚くほどに四角いことを私は知る。あまりに残酷な姿は、私の脳裡に焼き付く。

今年いっぱいもつのだろうか…
どんな年越しになるのだろうか…
元日はどんな気持ちで迎えるのだろうか…

そんなことが散らばっていて、何も片付かない、2011年の年の瀬。


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