時代を超えてなお輝きを増す傑作『PLUTO』
「時代を超えた名作」と聞いたら、何を思い浮かべますか?
『千と千尋の神隠し』と答える人もいれば、『火の鳥』と答える人、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』と答える人もいるでしょう。名作はジャンルに関係なく存在し、人々に衝撃を与え、歴史を作っていきました。
とはいえです。怒らないで聞いてほしいのですが、どんな名作でも「古臭い」と感じる部分はあるんじゃないかと思います。
私は『ドラえもん』が大好きです。我が人生のバイブル。
漫画が好きになったきっかけであり、創作に興味を持つきっかけであり……言葉では言い表せないくらい、私の人生にたくさんの影響を与え続けている作品だと思います。
そんな不朽の名作ですら、今漫画を読むと古臭さを感じるところがあるんです。
「ファミコンが出てくる」とか、そういうことを言いたいわけではないですよ。もっと根本的な、価値観の話をしています。
例えば、単行本3巻に収録されている「ペロ!生きかえって」では、しずかちゃんの飼い犬のペロを、未来の万能薬を使って生き返らせてしまいます。この展開、現代の価値観とはいささかミスマッチを起こしているように思いませんか? まあ当時もタイムパトロールに怒られそうなことをやっているなという自覚はあったでしょうけども。
例を挙げようと思えば他にもいろいろあります。結局、どんな名作であれ、古くなることは避けられないのです。当たり前だった価値観も生き方も、いつかは当たり前でなくなっていく。諸行無常を感じさせます。
では、『PLUTO』はどうだったのか?
今作は2003年から2009年にかけて、ビッグコミックオリジナルで連載された浦沢直樹による漫画作品です。つまり連載開始からちょうど20年が経過しました。それなりの年月が経っています。昔から親が大好きな作品なので存在は知っていたのですが、当の私は先述のドラえもんが大好きだったので、ずっと読んだいなかったんですね。
今、読み終わって思ったのは「これが今連載されている漫画だと言われても驚かないだろうな」ということ。それくらい、今読んでも全く衰えない面白さを持ち、示唆に富んだ内容になっています。
なぜそう思ったのか? それは今作の世界観に今まさに近づきつつあるからです。
今作は手塚治虫の『鉄腕アトム』に含まれる「地上最大のロボット」の回を原作としてリメイクした作品です。
で、こんなnoteを書くなら読むべきなんですが……申し訳ありません、読んでないです。ただ、知識が全くない状態でもしっかり楽しめたのは事実なので、気になっている人がいましたら安心してください。
舞台はロボットと人工知能(AI)がより身近になった近未来。主人公はユーロポール特別捜査官として活躍するロボット刑事・ゲジヒト。彼は自らを含めた7体の世界最高水準のロボットが狙われていることを知り、正体不明の殺人犯を追いかけます。
この作品の魅力はズバリ、AI・ロボットが身近になった現代だからこそ響く内容であることでしょう。
ご存知の通り、2023年はAIに注目が集まった年でした。日経のヒット商品番付でChatGPTが大賞に選ばれ、AIを扱う企業の株価はバブル状態。多くの混乱と革新を生み出しながら発展を続け、より広範な業務が可能な汎用人工知能(AGI)の誕生も視野に入っています。
今後、AIがさらに高性能になり、人間に近づいていくことは確実でしょう。しかしそこには当然リスクもある。今作は20年前の時点で、既に警鐘を鳴らしていたのです。
今作が面白いのは、AI・ロボットの高性能化を、人間にとってリスクがあると伝えるだけでなく、ロボットそのものにとっても悲劇になる可能性があると示していることです。
主人公・ゲジヒトが分かりやすい例でしょう。彼はとんでもなく優秀で、一見すると人間かロボットか全く区別できないレベルに達しています。それは「外見」だけでなく「感情」も同じ。人間に近づいたことで、ゲジヒトは様々な感情を獲得していきます。
それが喜びとかポジティブな感情だけならいいんですが、怒りや悲しみ、憎しみといった感情も知ってしまいます。感情の高ぶりによって歯止めが効かなくなり、ついに一線を超えてしまう……
作中には他にも、ブラウ1589と呼ばれるロボットが登場します。彼は歴史上初めて人を殺したとされるロボットで、人工知能矯正キャンプの地下に幽閉されています。彼には欠陥があるのかと人々は疑い、調査しましたが、彼は「正常」だったことが判明します。
そう、欠陥があるから人を殺すのではなく、「正常で、限りなく人間に近づいたから」こそ人を殺したのです。現実の社会で殺人を犯してしまった人だって、ほとんどの人は心神喪失者ではないはずです。PLUTOは機械が人間に近づくことで、より「極めて人間的な過ち」を犯してしまう可能性を見事に描き出しています。
PLUTOは2023年の今になって、Netflixでアニメ化されました。まさにベストタイミングと言って良いでしょう。今作が発する警鐘・メッセージ性は、連載開始から20年を超えた今でも全く色褪せていないことを表しています。
そして、そういった小難しい話を抜きにしても、今作はとても質の高いエンターテインメント作品です。
高性能なロボットが次々と破壊されていく一連の事件。犯人は一体誰なのか? なぜこんなことをするのか?
様々な人間・ロボットの思惑が絡み合う中で、その糸は「プルートゥ」という一つのロボットにたどり着きます。その過程は見ていてハラハラドキドキさせられますし、読み応えたっぷりです。
今作を名作たらしめているのは、ただの勧善懲悪ではない、大人向けの読後感を与えてくれるところ。これは元となった「地上最大のロボット」の時からエッセンスとして含まれていたようです。さすがは漫画の神様だなと言うほかないのですが、浦沢さんもリメイクにあたってその「味」をしっかり継承しています。
完全に正しい人も、完全に間違っている人もいない、いわば正義と正義のぶつかり合い。まざまざと見せつけられる悲劇を前に、「憎しみの連鎖を断ち切ることはできるのか」という、普遍的なメッセージを我々の胸に突きつけてくるのです。
今作で描かれた危機感・メッセージは、非常に先見性を持っていると私は感じていますが、それが今の世界の延長線上で必ず起きるとはっきり言うことはできません。50年、100年と長い時間が経過した時、今作を「古臭い」と思う日が来るのかもしれません。
ただ、少なくとも2023年の今、この作品は全く色褪せていません。むしろ、ロボットやAIがより身近になった今だからこそ、『PLUTO』の輝きはさらに増しているように思うのです。
今作が描いた人間とロボットを巡る悲劇の「答え合わせ」は、私たちが生きている間にできるような気がしています。
私はそれが楽しみで仕方ないです。
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