今年もよく笑った年だった。
今年ももう終わるし。
素敵な人たちに囲まれたな!ありがとうみんな!
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年越しそばを食べ終えて、ガキ使がなくなって、RIZINもなくなったテレビをつけながらまた、ゆるゆると今年のことを夢想してみる。
2022年。今年はどんな年だったか。
案外、一言で答えるのは難しい。でも僕は来年、就活生になるわけだから。
なんだか今年は、長かったような気がする。
ずっと毎年、僕は「今年も早いなあ」ばかり言っていたけれど。
もちろん、確かに「もう一年か」みたいな感覚はある。あるのだけれど。
昔、どこかで「人は1度経験したことを再経験した時、初めて経験した時よりも短く感じる」みたいなことを聞いたことがある。どこかの大学の、何かの研究だと思う。曖昧なソースで申し訳ないのだけれど、それは逆説的につまり「初めての経験」をしている時は長く感じるということで、それを当てはめてみると。
「今年1年、僕は初めてのことばかりしていた」ことになる。
でも、今年したことといえば。
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すこし家族の話をする。
今年が始まってすぐ、母親に告げられた。「あんた、ちょっと相談があるんやけど」
僕の母は、なんというか、(僕からすれば)放任主義かつ豪胆な「肝っ玉母さん」みたいな人で、あまり僕にそういう言い方は普段しない。
「〇〇(妹の名前)と一緒に住むっていうのはどう?」
学生時分に1人で暮らす、をさせてもらうということ、それがどれだけ恵まれていることなのかはここ数年で気づいたことではある。ただ、もともとそう一人暮らしをすることに憧れを持っていたわけではなかった。
それでも2年間は大都会─僕の地元からすれば日本全国どこだってだいたいそうなる─のアパートの一室を城としたマイペースで堕落した毎日──丁度『四畳半神話大系』や『夜は短し歩けよ乙女』で主人公がそうであるような──は、結構面白いものだった。
妹は2つ下。僕は浪人をしているから学年的には1つ下なわけだが、まあ別にだからといって何が変わる訳でもないのでこの説明も不必要である。そもそも1年の振り返りなどと思い出話をつらつら書き溜める時間自体実に唾棄すべきものかもしれない。でも、自分のこうした文章を時たま読み直す程度には僕はナルシストではあるから、案外小さい時のあだ名は的を射ている。ちなみに僕の小学生時代の代名詞こそ「NONSTYLE井上」であった。芸人で1番、オードリーが好き。
さて。
こうして春から妹と共同生活を始めたわけだが、最初のうちこそ少し窮屈に感じたものの慣れてしまえばどうということは無かった。むしろ普段の彼女を知ることが出来てなんだか安心した。妹のお友達は我が妹にしては割と「今風の大学生」という感じで、とてもいい人たちで、なんというか、うん、とにかくよかった。妹に彼氏さんができたと聞けば激高し、大学のお友達を見ては安心するのは最早シスコンらしさを感じても致し方ないところではある。
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漫才をして、妹と一緒に暮らしはじめて、スキューバダイビングをして、柔道の試合に出て、振られて、司会をして、温泉へ行って、サウナにも行って、選挙に出て、挨拶をして。
文字面を追い掛けると、去年までにしたことばかりで、目新しさはない。
それでも、やっぱり今年はとにかく、長かった。何故かはわからない。よくは分からないけれど、何とか解を探してみると。
たぶんそれは、色んな気持ちになったからかな、と思う。
今年は割と、沈むことが多くて、怒られることも悄げることも多くて、へこまされることも多くて。
それでも、僕がそこそこ元気にやれたのは間違いなく、いちばん近くにいる人がいつも、いつも、くだらない話で笑わせてくれたからだと思う。
そういえば今年は、飲み会によく行った年だった。
僕はあまり飲み会というものが好きじゃなくて、お酒は飲めないけれど場の雰囲気が好き、という人がいるが僕はそもそも場の雰囲気も好きじゃなかった。
喧騒に塗れた熱気漂う店内なら何を学べというのか。みたいな。
楽しみ方や遊び方を教えてくれたのも、結局先輩だった。
この1年で、好きな先輩が本当に増えた。
もちろん先輩方が変わったわけはないのだけれど。
世話んなったな!じゃあな!とカッコつけて言いたかったのだけれど、そうならなさそうな気がする。困ったもんだな。
来年実行委員長頑張れ!みたいな大学祭のカラフルなジャンパーを見ていると、少し泣けてくる。
ああ、ことしも、よく笑った年だった。
もしかしたら、去年よりも、もっと沢山笑ったかもしれない。それは間違いなく、周りのみんなのおかげ。
本当に、ありがとうございました。
どうやら割と、鬼退治とかはおもしろいみたい。
来年もどうぞよろしくお願いいたします!
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