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「親子上場解消とTOBから見た株式投資の注目点」について考えてみました

「親子上場解消とTOBから見た株式投資の注目点」

今回のnoteでは親子上場解消と解消の手段として用いられるTOB(株式公開買い付け、Take Over Bidの略)について考えてみました。この話題を取り上げてみたのはNTT・NTTドコモの事例が株式市場の中で注目されていることに加えて、少数株主保護とコーポレート・ガバナンス(企業統治)という観点からも注視されているためです。関連する3つのトピックスを以下に整理してみました。

①問題の多い親子上場というグループ経営を見直し、経営資源の適正配分を行うことが企業価値の拡大につながると考える経営者の増加。特に、東証による上場規則の一部変更とコロナウイルス禍での経営環境の激変に直面し親子上場を見直す動きが強まった。

②日立製作所の日立化成の売却、伊藤忠商事によるファミリーマート非上場化、NTTによるNTTドコモ完全子会社化などに見られる我が国を代表する親子上場の解消事例が増加した。

③我が国株式運用では親子上場解消というイベント・カタリストを銘柄選択の一手段とするM&A関連ファンド、バリュー株ファンドに加え、アクティブ株式ファンドでも解消時のTOB株価の上乗せプレミアムを狙って上場子会社を組み入れるケースが散見される。

まず、親子上場の問題点を見ていきたいと思います。その最大の理由は親会社と子会社の少数株主の間で多くの利害関係が相反する事象が発生し、企業価値の毀損に繋がりやすいという問題です。少数株主に不利益をもたらす3つの具体例をあげてみました。

①親会社は子会社の株主総会決議決権の過半数を有するため、親会社の意向が財務・事業戦略に反映しやすくなる一方で、少数株主の意見が届きにくくなる。

②少数株主の議決権が制限される懸念が高いことから、株価がディスカウントされる。

③親会社による子会社に対する資本政策(TOB、売却など)では情報の非対称性が存在するため、価格に対する妥当性という点でも少数株主に不利益が生じやすくなる。

こうした親子上場問題への対応を強化するため、今年2月に東証は上場規則の一部改正内容を公表しました。親会社からの独立性を高めるため独立役員の独立性基準を強化したことに加えて、グループ経営に対する考え方等の開示充実を要請しています。さらに、来年春に予定されているコーポレートガバナンス・コードの次期改定でも親子上場を含むグループガバナンスの在り方が焦点の一つとなるとみられています。それだけ、親子上場問題を抱える企業にとっては解決を急がなければならない喫緊の課題となってきている訳です。

10月7日付の日経新聞朝刊は2020年度の親子上場の解消が早いペースで進んでいる事実を報じています。9月末時点で今後の予定を含めて、実施企業は15社。なかでも、上場親会社による実質的な完全子会社化は12社とすでに前年度の実績に並んだそうです。ただし、

大手証券系シンクタンクによると親子上場の子会数社(中間持ち株会社の傘下孫会社などを除外)は2006年度末のピーク417社から昨年度末には259社(上場会社の約7%弱)に減少。それでも、海外と比べると突出して多いと指摘しています。親子上場という問題を抱え、解消が必要な潜在企業数は多いということになります。

次に、NTT・NTTドコモに見られる親子上場解消事例をとりあげ、背景となった経営環境、決定プロセスなどを考えてみたいと思います。NTTは9月末にNTTドコモに対するTOBを行い、完全子会社化することを発表しました。NTTドコモ株の取得価格が1株3900円で、買収総額は4兆2500億円と国内企業へのTOBとしては過去最大規模となります。

今回の完全子会社化の動きは菅新政権の発足と重なるため、その重点政策である携帯通信料金の引き下げ方針が影響したとみる見方もあります。ところが、報道によると今回のTOBの意向をNTTドコモに伝えたのは今年4月上旬にさかのぼるそうです。8月11日にTOB価格1株3400円が提示されますが、NTTドコモ・社外取締役を含む特別委員会は「適正価格に達していない」としてNTTに引き上げを求めます。最終的には、NTT澤田社長が決着に乗り出し何度かの価格引き上げ交渉を経て当初提示価格から15%高い3900円になります。

4月というとコロナウイルス禍の真只中で、企業経営の大転換期を迎えているという認識と海外巨大IT企業の強さが後押ししたことは間違いありません。NTTの株式時価総額は日本の株式バブル時代に世界のトップになった実績があります。現在の時価総額はというと約9兆円ですから、9月末の公表前の株価データを使っても7~8割は主要2子会社の持ち分で説明できます。PBR(株価純資産倍率)も1倍割れと株式市場での評価は芳しいものではありません。株主価値を高め、時価総額を引き上げることにまず取り組まなければライバルと競争する土俵にもあがれないという危機感が強く影響したのではないでしょうか。

最後に親子上場解消時のTOB価格に対する留意点と株式投資へのインプリケーションを紹介して今回のメモを終わりたいと思います。我が国では、日立グループ、日本郵政グループなどまだまだ多くの親子上場事例が存在します。我が国株式運用ではM&A関連ファンド、バリュー株ファンドはもとよりアクティブ株式ファンドでも親子上場解消というイベント・カタリストを見据えて上場子会社に投資するケースが見受けられます。

NTTのNTTドコモに対するTOB価格の上乗せプレミアムは公表前日の株価と比べると4割に達し、2020年上期の実績平均3割強(公表前3ヵ月株価の平均値対比)から上乗せ幅の大きさが見てとれます。ただし、上乗せプレミアムが平均値を上回っているからといってTOB価格が適正水準とは限りません。親会社の利害関係者(親会社取締役経験者など)が子会社にいても社外取締役や専門委員会構成メンバーの独立性が高い場合には、目安の3割を上回っていることは少数株主に少なからず安心材料になるという話です。

ところで、我が国の株主権が強いということは意外と知られていません。よく日本はアクティビスト天国といわれるのもこのためです。ちょっと話が今回の親子上場の話題とは少し異なりますが、アクティビストの存在する企業でTOB、MBO(経営陣による買収)が散見されてきています。例えば、ホームセンター大手のDCMホールディングスは同業の島忠を完全子会社化します。こうした動きを予測して銘柄選択に活かすことも、日本株投資には有効な戦略かもしれません。

今回のnoteで参考にした書籍は、旧村上ファンド・村上世彰氏の「生涯投資家」(文春文庫)、「ROE最貧国日本を考える」(「山を動かす」研究会、日本経済新聞出版)などです。後者はROEとタイトルにありますので近寄りがたい著作のようですが、日本の上場企業、株式投資家に何が求められているかなどを考えさせられる名著です。購読をお勧めします。

Malon, 10. 12. 2020

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