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ライバル ~【櫻坂46】グループで活動することの意味~

4枚目シングルのフォーメーション発表があったことから、メンバーからブログやトークで、それぞれのコメントが届いている。
それを読むことで、各々の喜びや覚悟など、彼女たちの内面を知ることができる。これからのシングル発売に向けてのプロモーションの中でも、彼女たちの気持ちを聞くことができそうである。

彼女たちのコメントを読んでいる最中に、ふと昨年の卒業セレモニーで、守屋さんが手紙を読むシーンを思い出した。
彼女の手紙の中に出てきた「ライバル」という言葉が浮かんできたからだ。

この記事を書くに当たって、「ライバル」について、改めて調べてみた。

ライバル(rival)〔名〕
互いに相手の力量を認め合った競争相手。好敵手。

「大辞泉4.0」

rival [名]
1.ライバル, 好敵手, 競争相手
2.〚しばしば否定語と共に〛
 (・・・に)匹敵する人[物]、(・・・と)対等の[肩を並べる]人[物]

「ウィズダム英和辞典第4版」より抜粋

そもそも、ライバルという言葉は、ラテン語で「小川」を意味する「rivus」の派生語である「rivalis」が語源らしい。
「同じ川を利用する権利を巡って争う人々」のことを指す言葉だったのだが、そこから「たった一つの物を求めて争う人々」という意味へと発展したようだ。
そのフランス語が、英語圏に入り広まったわけだが、そこでは、どちらかと言うと「対立している宿敵」という意味合いで使われる場合が多いらしい。上の英和辞典でも、「しばしば否定語と共に」使用される言葉として紹介されている。
英語圏では、この言葉が持っている「対立」というネガティブな印象が強いため、曲のタイトルや歌詞には使わないという「暗黙の了解」まであるらしい。

日本では、それほどネガティブな印象はない。
どちらかと言うと、「ライバル=好敵手」というイメージが強いのではないだろうか。上記の大辞泉の説明も、日本人が使う時の印象に近い。
日本で「ライバル」関係というと、お互いの間に「信頼関係」が存在する。
お互いが、「競争する相手として相応しい人物であると認め合っている」という前提があるのだ。
この前提の有無が、単なる「足の引っ張り合い」とは異なる点である。
アメリカの大統領選などで見られる「ネガティブキャンペーン」のように、相手の欠点を探し合うような関係性とは、完全に次元が違うものと言えるだろう。

日本で「ライバル」という言葉を使う時には、「お互いに認め合い」「高め合う」関係のことを指す場合が多い。
守屋さんの手紙に登場した「ライバル」も、この意味で使われていたのだろう。
グループとして活動していく中で、お互いに切磋琢磨してきたことを、彼女らしい言葉で表現しているのだが、正直、その言葉を聞いた時、少し違和感を覚えたことを思い出す。
それは、欅坂46時代からの活動の様子や、日頃の発言などから推し量ることができる彼女たちの関係性と、少しギャップがあるように感じたからだ。

オーディションを経て、欅坂46として活動することになった当初は、どのメンバーからも、他のメンバーとの「対抗心」を感じることが、少なからずあった。
それは、彼女たちが合格する前まで持っていた「アイドルとは、こういうものだろう」という、一種の固定観念が原因だろう。
「女性アイドル同士は・・・」とか、「グループで活動していると、メンバー同士は・・・」という形で、メディアなどを通じて漏れ伝わってくる噂などを芸能界のイメージとして、漠然と持っていたとしても不思議なことではない。
そのため、彼女たちも、アイドルになったばかりの頃は、そのイメージを持ったまま、活動を続けていたのだろう。
AKB48や乃木坂46という歴代のアイドルによって、「アイドル像」や「アイドルの見方」というものは確立している。
ファンもそのような目で、彼女たちを判断し、活動の意味を理解しようとするのは仕方が無いのかもしれない。

彼女たちは、シングルが発売されるごとに、フォーメーション発表があり、そこで自分のポジションを知る。
それぞれのポジションに意味があるため、そこから自分がどう評価されているかを知ることになる。
自分の位置を知り、それが自分が望むものでなかった場合には、次回以降のシングルで、自分が望むポジションとなるまで、努力していくことを誓うという流れになるのだが、欅坂46の初期は、このような内容のブログを上げるメンバーが多かった。
世間一般が持っている「アイドルルール」から見た自分として、ファンに向けてコメントしていたのだ。

しかし、活動を継続していくにつれて、そのようなコメントを上げるメンバーは少なくなった。
全員選抜であった彼女たちにとって、それぞれのポジションは余り重要ではなくなったのだ。
そんなことより、グループ全体で楽曲を表現することに集中していた。
TAKAHIRO先生の振付も、それまでのポジションごとの概念を無視したものが多いため、三列目でも目立つ役割があったり、フロントメンバーが一番後ろでパフォーマンスしたりすることもある。
それを知っているからこそ、メンバーたちも安心して、それぞれのポジションを全うすることに注力することができたのだ。
そのことが、欅坂46のパフォーマンスの大きな原動力であったことは間違いない。
今まで、アイドルに興味が無かった人たちの目を、自分たちに向けさせることに成功していることを見ても、このやり方が正しいことがわかる。

欅坂46にとって、「ポジション」は争ったり、奪い合ったりするものではないのだ。
そのような欅坂46の見方は、当然、櫻坂46にも当てはまる。
それでも、二期生が加入した後は、全員選抜という体制がとれなくなった。
そのため、「表題曲選抜」という括りが出てくることになる。
そこに選ばれることは、メンバーとして、特別な意味が出てくるわけだが、それでも、よくある「選抜」と「非選抜」という括りを和らげる措置がとられている。
シングルごとにセンターが3名用意され、それぞれに楽曲とオリジナルメンバーがいるという、独特なシステムが採用されているからだ。
櫻坂46となるにあたって、「全員が輝く」というコンセプトがあるため、全メンバーに、オリジナルとなる機会が与えられているというのが、このグループの特色と言えるだろう。

しかし、独自の「平和的な」システムが採用されていたとしても、互いに切磋琢磨することで、高め合っていく姿勢は重要である。
そこでは、
「センターに選ばれる」
「櫻エイトに選ばれる」
「表題曲選抜に入る」
という目標設定が、少なからず機能していくことだろう。
メンバー本人だけでなく、彼女たちを応援しているファンたちも、その目標に向かって、努力を重ねているため、それが達成された時の歓びは、見ているこちらまで熱くなる素敵な瞬間である。

と説明が長くなってしまったが、このような背景があるため、守屋さんの手紙にある「ライバル」という表現に少し違和感があったのだ。
彼女がこの言葉を使った真意は、彼女にしか分からないものだが、それでも、彼女には、何かしら「叶えたい目標があった」ことだけは確かである。
彼女の日頃の言動から察するに、グループの中での活動というよりも、個人としての活動に、それがあったような気もする。
グループを離れた彼女が、その持てる魅力とポテンシャルを最大限に発揮して、活躍されることを大いに期待したい。





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