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ポケット地図帳と私▶Yuning


20年ほど前の夏休み、私は機会があって中国を寝台列車で旅していた。夏季の短期留学で成都の大学に行くことになり、せっかくだからと北京から鉄道で成都へ向かうことにしたのだ。

2004年5月発行とある。たったの8元(当時の為替で107円)だった。


今ならば直通の高速鉄道で7時間半で行けるが、当時は寝台付きの「動車」(高鉄に対して従来の列車のことを指す)で40時間ほど要した。あるいは、暇な学生だったので、わざわざ時間がかかるほうを選んだのかもしれぬ。

ともあれ、私は駅の売店でこのポケット地図帳を買い求め、1日目の夜に乗車し、3日目の昼に到着する「北京~成都」便に乗り込んだのである。
 

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食事は、お湯が無料で使えるので(中国人と英国人はどこに行ってもお茶を飲むからだ)、持参したカップ麺を食べたり、食堂車で食べたり、停まった駅で弁当売りのおばちゃんから窓越しにお弁当を買ったりした。
 
3日目の朝のことはよく覚えている。それまで景色といえば、茫洋と広がる黄色っぽい華北平原や黄土高原だったのが、朝になってみれば、列車は山水画のような高度差のある深い山と渓谷の隙間を縫うようにして走っており、視界いっぱいに広がるその瑞々しい緑に、私はただ圧倒された。立ち込める朝靄の向こうには時おり小さな集落が見え、こんな仙境のような場所で代々暮らしを営んでいる人々に思いを馳せる。
 
四川省に入って、綿陽に至る頃にはあたりは一面の竹林となり、それは海のように果てしなく続き、ここがジャイアントパンダの故郷であることを思い出させるのであった。

 
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北京市街地の交通図。この20年で地下鉄の路線数は数倍に増えた。


あの時の旅情を保存するかのように、私はまだこのポケット地図帳を大切に持っている。経済発展著しい中国の都市は大きく姿を変え、全国の交通網も今やすっかり別物だが、車窓から見たあの滴るような瑞々しい景色を、またいつか眺めたいと思うのである。


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青海省の標高3,059m地点に位置する茶卡(チャカ)塩湖も絶景である。


…というような、懐かしい旅の話をしませんか。
本のこと、旅のこと、そして忘れ得ぬ景色のこと。

ぜひ、KURIBOOKSにてお待ちしています。


【投稿者】Yuning



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