牛丼の話
好きなことをただ話すだけの稿です。
今回は、牛丼について。
どこかの医者が、年を取ったらむしろ牛丼とマクドを食え、と言ったとか言わないとかいうニュースが流れたらしいですね。めずらしくタイムリーな話題を扱う我がnoteなのであります。
牛丼といえば三大チェーン。どこがおいしいか、どのメニューにはどんなレシピが、というような話をしたいわけではありません。
漠然と、牛丼、という料理について語りたいと思っております。
牛丼という料理は、明治の文明開化の始まりとともに関東とくに横浜を中心に人気となった牛鍋にヒントを得、丼にしたてたものが発祥だ、ということです。具体的には吉野屋が誕生したのが1899年。義和団事件の年ですな。
築地魚河岸にその第壱号店を開業させたのは、牛丼というファストフードが魚河岸で働く人々の気風にマッチするだろう、というもくろみがあった、とのことであります。
さて。
もとの牛鍋という料理は当初、味噌仕立てであり、中に入れた牛肉も角切りであったといいます。今で言うとおそらく、味付けはもつ煮に近いんじゃないでしょうか。ネギのぶつ切りを中心に並べ、鉄鍋を熱して文字通り「焼き付けるようにして」食べたらしいです。
ですがより手軽に調理できる醤油が選ばれるようになり、今の「すき焼き」に近い形となっていきました。今半なんて一度くらい行ってみたいですな。ああいう格式張ったところですき焼きを食べてみたいです。
資産が一億超えたらチャレンジします。ええ。無理ですが。
で、牛丼です。
牛丼とすき焼きは、今でもかなり近い親戚関係を保持しています。実際、牛丼チェーンではだいたい秋冬にかけてすき焼き定食を販売します。これがまたうまいのです。
ですが、牛丼とすき焼きは、ある一線で明確に違うものとなっております。
玉ねぎの存在です。
牛丼に必ず入るたまねぎですが、すき焼きの場合はほぼ、ねぎ、それも根深ネギ、緑の部分ではなく白い部分を好んで食べるようなねぎを焼き付け、あるいは煮込む料理です。
なぜそうなったのか。実は、浅く調べただけではその理由は出てきませんでした。なので推測するに、すき焼きと違い鍋で保温すると、ねぎはすぐにくたくたとなってしまい見栄えも悪くなります。なので、比較的形を保ち煮込んで柔らかくなれど崩れにくい玉ねぎが選ばれるようになったのではないか、と推察します。
また玉ねぎは煮込むことで甘い味わいを発揮します。これは、実は玉ねぎは本来ショ糖、果糖などを多く含む食物であり、玉ねぎに多く含まれる硫化アリルという辛み成分が分解され辛みを失うことで、隠れていたこの糖分が前面に出てくるからであります。甘みは我ら日本人が牛肉を食べる時に必須の味です。砂糖からではない、野菜の持つ糖分を追加することで、牛丼の味に深さと奥行きを与えるという大切な役割を持っています。
もう少し、牛丼とすき焼きの味の違いを比べてみましょう。
実は、すき焼きの味付けそのままに牛丼を作ってみる……つまり、安い牛小間切れと玉ねぎを砂糖醤油とみりんで煮込む……と、なんだかとぼけた味わいとなり、ごはんを掻きこみたくなるようなあの暴力的な旨みが足りないように思います。
すき焼きだと猛然と進むごはんが、その味付けで牛丼、となるととたんに魅力が失せる。不思議なのですが、事実です。
じつはすき焼きというのは、けっこう複雑な味わいを持つ料理なのです。
肉を甘い醤油で煮込むだけなのですが、周りを彩る野菜が、つゆに複雑な香りを足しています。とくに関東では春菊、関西では白菜。この菜物の青っぽい香りこそ、すき焼きの高級感を演出するキィとなる役割を果たしているのです。
そこへネギの旨み、豆腐の優しい、それでいて出汁の旨みを吸い込むポテンシャル、白滝の歯ごたえのアクセントなどが加わって、ただの甘醤油味を最後まで飽きさせず食べさせるのです。
そこへいくと牛丼は、具材は基本牛肉と玉ねぎのみです。
仮に、たとえばすき焼き用の、国産和牛のすごいいいところの薄切り肉をさっと焼き、砂糖をかけ、醤油をたらりと垂らし、それを卵にくぐらせてごはんに乗せる。このいわゆる「すき焼きにおけるファーストコンタクト肉」でならば、ごはんを掻き込ませる暴力的な味の力を持っております。
ですが、そんな最高の肉を庶民の丼にのせるわけにはいきません。
牛丼の肉は本来、煮込むと固くなるようなスジがはいった肉。これを柔らかく、なおかつ獣臭を消し去って暴力的なうまさへと押し上げなければならない。その一役を買っている物こそ、「しょうが」であります。
このしょうがこそ、牛丼を牛丼たらしめ、すき焼きと明確な一線を分かつための必須アイテムであります。
しょうがの臭み消しとしての仕事量はさすがとしかいいようがないもので、かつ食欲を起こさせる香りを持ち、ともすれば脂っこくて飽きが早い肉が続くこの料理に、ごはんのさいごのひとかきまで欲望を引っ張る力をもたらしてくれているのです。
ここへ、たとえば吉野屋なら白ワインを入れたり、すき家ならだし味を濃くしたりと、各チェーン細かな工夫をこらし、現在の牛丼文化を牽引してきております。
牛丼という料理は不思議です。飽きやすそうな一直線な、ともすると単調な味わいなのに、なぜか飽きない。
甘みにだれた口中を、紅ショウガのしょっぱさと酸っぱさがすっきりと切ってくれ、また次の一口を掻き込みたくなる。
いやはや、良く出来ています。
ちなみに、牛丼をご家庭で作る時は、とにかく脂身がたくさん走っている肉を選ぶことです。汁で煮込むにもかかわらず、脂の少ない赤身肉でつくると、なぜか肉の表面がカサっと乾いたような感じとなり、牛丼屋で食べるあのしっとりした感じがでません。あのしっとり感を演出しているのは脂身です。煮込み汁に煮溶けて脂自体は切れているのですが、あのぬめっとした脂の抜けた脂身が、肉につやを与えてくれています。
あと、出来れば湯通しを最初に肉にしてやることも重要です。しっかり味付けしたいと思うと、だし汁を多く張ることになりますが、そうすると調味料の量が増え経済的ではありません。汁を少なくすると、こんどは肉のアクが汁に煮溶けて濁り、味わいも悪くなります。あとから一生懸命アクをすくうよりは、最初から湯引きをしてやってアクを落としてやれば、その手間もかかりません。
牛丼は我らのソウルフードです。できれば末永く食べていきたいものです。