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暮瀬堂日記〜銀杏落葉

 払暁、窓外の黒さが摺ガラスを通して明るみ始めていたが、寒さの為に中々床を出ること能わず、今しばらく夢の出口に佇むことにした。

 夢は確か浅葱色であったが、出口あたりは萌葱色になっていた。一見穏やかな色合いだが、夢魔にありがちな目くらましに違いなかった。かつて初恋の夢の出口には百合が咲いていたが、余りの芳香につい夢から出てしまい後悔したものだった。だが、この夢の出口はもしや入口なのかもしれない。

 そんなことを思っていると、突然雨の音がした。辺りを見回したが地面は濡れていない、おかしなことだな、とようやく目を開けると、随分明るくなっていた。
 雨にしては音が小さいので、床より出て窓を開けてみると、銀杏の散る音だった。朝から風が出ているのも珍しかったが、銀杏時雨は思わぬ眼福である。

  木つゝきの音や銀杏の散がてら 支考

 鳥の姿は見えぬが、木を突っつく音が降り注ぐ銀杏の中に浸透し、空間が広がり続けてゆくようだ。
 そんな支考の句景を彷徨っていると、再びまどろんでしまった。
 啄木鳥の音はしなくなり、気づけば冷たい雨の中を歩いていた。果たしてこの夢はいつ覚めるのだろうか。
 はらはらと敷居に落ちた銀杏が脳裡をよぎった。

  傘をとぢ何処ぞの銀杏落ちにけり


※銀杏落葉・銀杏散る……初冬。



(二〇二〇年 十一月廾九日 日曜 陰暦十月十五日 小雪の節気 朔風払葉【きたかぜこのはをはらう】候)

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