暮瀬堂日記〜起筆の弁と卯月の思い
新暦六月朔日になる今朝、旧暦カレンダーに目を通せば、閏四月十日と知る。すなわち卯月である。曇天はいつか灰のように積み重なり、ひねもす雨となっていた。
酒やめていまだ卯月や止まぬ雨
故郷を発ち指折り数えること既に十有三年、故郷を思えば、遍く囲む山の連なりに俳味を求め、拙稿『季を感ず〜俳諧逍遥』を連載して下されたのは詩人岩井哲氏であった。連載半ば、多摩川に添う大田区羽田に居を転じ、首都の隙間に残る情趣を探し続けたが、五〇回目を節目に擱筆した。爾来、俳諧より遠ざかり気味であったが、今朝の雨音を耳にして、そんな故郷を思い返していた。
生家には、そろそろ卯の花が咲く頃だろう。庭先に開く控えめな花弁が却って目を楽しませてくれた。
古寺にけふも卯の花腐しかな
随分前の拙句を思い出させてくれもした。
この稿の終いに、これまで綴って来た日記「六郷蘆話」はノート二十八冊に至るが、本日より名を「暮瀬堂日記」と改めることを記す。名の由来は、陋屋の住まうマンションの屋号がクレッセントであるのをもじっただけであるが、会社の制服の更衣であるのにつられて、拙稿も気分を変えようと思った次第。今後、幾つの巻まで書き続けられるかは分らぬが、特筆することない折でも、句の一つ二つは認めたいものである。
(二〇二〇年 六月朔日 月曜 陰暦 閏四月十日 小満の節気 麦秋至 【ばくしゆういたる】候)
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