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暮瀬堂日記〜木耳(きくらげ)

 冷し中華の具に木耳を入れたい、と言う家人の希望を叶えようと、スーパーに赴く。きのこコーナーでは無く、乾物の所に並んでいた。
 さてどれにしようか、と手に取ったとき、数年前に登った谷川岳のことが思い出された。

 ゴンドラで登山口まで移動し登り始めると、まだ暑さが残り息が荒くなったが、高度が上がるにつれて汗が引いて行った。

 早いペースで登っていた私はいつか一人になったが、尾根に出ると後方に仲間の姿が見え隠れするのだった。

 「おーい」と呼ぶ声が届くと、私も同じように応えていた。再び樹林の中に入ると、谺となって声が反響し合うのが楽しかった。

 しかし、横たわる倒木の脇を通ったとき、ピタッと何かに吸い込まれでもしたかのように、谺は姿を消してしまった。

  雪山を匐ひまはりゐる谺かな  蛇笏

 飯田蛇笏の一句が頭をよぎり辺りを見回したが、谺は姿を隠したようだった。腑に落ちぬまま再び歩を進めようとしときである、倒木に生える木耳の姿が目に入った。 ーーなるほど、そういうことか
 と顔がほころんだ私は、思わず呟いていた。

   木耳でひと休みする谺かな

 その時の光景を思い出しつつ、レジの列に並んでいた。

※木耳……人の耳に似ているのでこの字を当てた。仲夏の季語。

(新暦九月十九日 旧暦八月三日 白露の節気 玄鳥去【つばめさる】候)

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