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暮瀬堂日記〜鎌鼬(かまいたち)

 渋滞に捕まり帰社が遅れて、会社に近い商店街を通り過ぎようとすると、人だかりが出来ていた。
 顔をしかめてうずくまる人の頬は赤みを帯びているが、それが酔の為なのか赤提灯の照らしによるものなのか、分からなかった。ただ、その焼鳥屋は午後三時から開店するので、既に出来上がって居てもおかしく無い時間である。

 私の車が過ぎるのと入れ違いに、救急車が到着すると、その顔は一層赤くなったが、隊員の姿を見ると少し安堵したようだった。あけた窓の隙間から、野次馬の放った、
「これは鎌鼬だよ…」
 との声が聞き取れた。大分前であるが、鎌鼬に腕を切られた知人を目の当たりにしたことがあるので、その傷の深さを侮ってはならないことが思い出された。

  酔客の足に纏はる鎌鼬

 私も気をつけようと思うが、どこに居るか分からぬので如何ともし難い。せめて飲み過ぎぬように心掛けるべきであるが、さて困ったものである。


鎌鼬……鎌風とも言う。冬の季語。


(二〇二〇年 十ニ月四日 金曜 陰暦十月廾日 小雪の節気 橘始黄【たちばなはじめてきばむ】候)

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