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断食初体験

 今年で五十三歳になるが、正直代謝が落ちたことを認めざるを得ない。
 まず何年付き合ってきたのかさえ忘れてしまった、この摘まめば国語辞典くらいにはなる腹の無駄肉。
 こいつとグッドバイするために、これまでジムに通ったりしたこともあった。
 その時は体重も落ち、筋トレで肩の辺りもガッシリとしたシルエットになり、なかなか良い体型に近付きつつあった。
 しかしその後のコロナである。ジムの中でマスク着用が義務化となり、とてもじゃないが、口元が塞がれた状態でダンベルを上げる気にはなれず退会した。
 するとどうだ。高額な月謝を払って作り上げてきた筋肉ボディは、あっという間にしぼんでしまった。諸行無常。
 次に取り組んだのが、電気の力である。
『運動しろよ』という外野の声には耳を塞ぎ、とにかくなんとか無理をせず、痩身できぬものか、と私は藁をもすがる思いでメルカリを探しまくった。
 一分間に何十回も振動する腹筋ベルト。まずこれを試してみたが、無駄肉がただ元気よく上下に溌剌と振動するだけで、とても消え去ってくれるとは思えなかった。
 次がベルト式EMS。低周波治療器のお腹版である。これは結構な痛みを伴い、期待ができそうであった。が、その割にはシルエットは変わらなかった。広告では六つに割れたガチムキの身体をしたナイスガイが、白い歯を見せながら宣伝していたが、無駄肉は取れてはくれなかった。
 そしてリサイクルショップへ駆け込み、ワンダーコアを嫁さんに内緒で買ってきた。後でこっぴどく怒られたのだが『オマエも旦那さんがムキムキならば鼻が高かろう』と力説してその場は説き伏せた。
 しかしワンダーコアは腹筋運動をバネでサポートする器具である。その最初のコンセプトからして、甘えが見えた。そして私はその甘えに飲み込まれ、三日坊主でその役目を終えた。
 そしてドラッグストアで見かけたダイエットサプリに手を出した。良く聞く『内○サポート』みたいなやつだ。これは結構高い。一ヶ月で三千六百円もする。
 これを三ヶ月、続けてみたが、憎き腹の無駄肉に変化は無かった(個人差はあると思います)。
 万事休す、完全に手詰まり、お手上げとなった。
『最初からジョギングしろよ』というアドバイスはご遠慮願いたい。走るのは嫌いなのだ。だから他の方法に頼ってきたんでしょうがぁぁっ!(謎の逆ギレ)
 そんな時に出会ったのが断食の本である。
 正直な第一印象を言わせてもらえれば、色々なダイエットを試してみて、行き着いた先が結局シンプルに食事を抜く、ってのは身も蓋もねぇな。という感じであった。
『それは嫌やん』とも思った。空腹とは辛く、惨めな感じがするではないか。
 これを書いている時点で、まだ一回目の断食なので、ダイエット成功体験者の言葉ではないのだが、人生初の三十時間断食体験を書き留めてみたいと思う。
 まず本によると、現代人は栄養の摂りすぎである、と。そして断食というワードにネガティブなイメージを持ちすぎである、とも書かれていた。
 断食、食を抜くことによって得られるメリット、消化という人間にとってとてつもないパワーを使う体内活動を二十四時間休ませれば、身体はリセットされ、神経は研ぎ澄まされ、老化を防ぎ、病気にもかかりにくくなる。そういうことが書かれていた。
 しかし私は煩悩の固まりなので、そのようなメリットよりもドゥルドゥルなデミグラソースのかかったハンバーグの方が魅力的に映った。どこまでも往生際の悪い人間である。
 それでも買った本代の元は取りたい。そんな貧乏性な私の性格が勝り、チャレンジしてみることにした。
 色々なことが読書やネットの情報から目に入ってきた。一日三食は常識、ここもまずは疑ってみることから入ってみた。
 現代人は栄養の摂りすぎである。が真実だとするのなら、どういうことが考えられるだろうか。資本家が『もっと小麦粉を売れ。毎朝パンを食べることが健康に繋がる。と謳え』みたいな広告戦略だったとしたらどうだろう。資本家の私腹は肥え、純真な一般大衆の腹は肥えるのだ。
 物事に仮想敵を作るのは大事だ。江戸時代が終わり、西洋文化が流れ込んできて、多くの常識が書き換えられた。三食キッチリ摂ることが健康の秘訣。しかしアメリカのニュースや映画で見るドーナツを頬張る警官の姿などはどうだ。健康とはほど遠い体型ではないか。
 食品を売るために、多くの人は一日三食を必ず摂るよう思いこまされてきたのではないか? それが最初の疑問だった。
 やらない奴が否定的な意見を言う権利などない。自分はまず実際にやってみてから、感じたことを書こう。
『そんな虚しいことなんてやめておきな』みたいな、やりもせず否定から入る老害には自分はならずにおこう、というのがスタートであった。
 何が見えるのか。断食をやった先には何を感じるのか。目標は二十四時間、水分だけは摂取しても良い、と書かれていた。
 これで憎き腹の無駄肉が消えてくれれば安いものだ。どこにも行かず家で出来、元手もいらず月謝もいらない。なんなら食費が浮く。必要なのは覚悟だけだ。
 起床、朝の七時、今から目標二十四時間の断食スタートである。その最後の食事、朝食はヨーグルト適量、食パン半分、アイスコーヒーで済ませた。
 本にも書かれていた事だが、最初の昼食がやはり最初の空腹のピークだった。長年の常識を書き換えるのは本当に難しい。グーグーと腹は鳴った。
 しかし断食を決意したのだ。せっかく五時間も経過しているのだ。このまま取り敢えず二十四時間、やってみようではないか。水分で空腹を誤魔化してみた。
 お腹に痛みが出始める。何か胃袋に入れてくれよ、という体内からのサインである。子供の頃、空腹で泣いた事があった。幼稚園の頃、両親と焼肉屋へ行き、それはビルの二階にあるのだが、駐車場から既に美味そうな匂いが漂ってきて、店内に入るまでに我慢が出来ず、私は通路の時点で泣いていたそうだ。
 今は自分で真面目に働いてお金を稼いでいる。好きな物を何だって食べられる。なんでこんな惨めな想いをしなければならないのか。私は空腹からくる痛みに耐えながら考えていた。
 夕方の六時、一旦空腹の痛みは抜け、それはある程度慣れたからなのか、体内の細胞が諦めたのか、今度は神経のほうが冴え出してきた。脳内に再生されるビジュアルもガンガンにリアルだった。
 お好み焼き、そぼろご飯、すき焼き、天津飯、生姜焼き定食、とんこつラーメン全部マシマシ、ナポリタン、鶏そぼろ飯……。
 どんだけそぼろが好きやねん、というツッコミには耳を貸さず、私は断食を継続した。
 そしてフラフラのまま仕事場から帰宅。風呂を済ませ、そのまま布団に入った。嫁さんは作らない手間に御立腹である。作らないのに怒るって何やねん!
 空腹で目が覚めないように、以前に買った睡眠導入補助サプリを水と一緒に飲んだ。これは空きっ腹に効いた。
 速攻で寝落ちした。
 翌朝、身体が楽な事に気が付いた。もっと惨めで嫌な感情に支配されているとばかり思い込んでいたのに、結構爽やかに目覚める事が出来た。空腹からの痛みも慣れたのか無い。
 私の体内では全身白タイツで顔のとこだけくり抜いた細胞クローンが、片手にノミを持ち、必死になって腹の内側を削り取っているらしかった。
『なんでか上から今日は食べ物が全く入ってこん。こんなこと生まれて初めてや。ええか、命を繋ぐ為に、体内のエネルギーを使うぞ。蓄えられたエネルギーを今こそ使うんや』
 とばかりに、無駄肉や脂肪を変換しているのだろう。
 そして、禁煙の時も感じた事だが、ここまで頑張ったんだ、今吸ったら勿体無い、という感情が働いた。朝の七時を睡眠薬を使いながらでも達成出来たので、今ここで朝食を食べても良いのだが、なんかもう少し、食べなくても行けそうな感覚になった。そして『一日食べなくても死なんわ』と思った。
 これはメリットがあるのではないか。消化という重労働から解放され、身体は逆に楽な状態になっているのではないか? とさえ思えた。一日三食、摂りすぎじゃね? というのがやり通してみての実感だった。
 朝の七時を楽に越し、その日の昼は波賀町の道の駅に行き、和食バイキングを嫁さんと食べる約束をしていた。
『昼まで我慢出来そうだな』
 これが断食初体験者の感想なのである。そして脳内から幸せホルモンが分泌されているのか、空腹の先には、そんなに嫌な世界は待ち受けていなかったのだ。これが習慣化され、痩せてくれれば本当に素晴らしい。
「朝ごはん抜くわ」
「なんでや、生活リズムがアンタの為に乱れる!」
 作らなくても怒られるのである。
「オマエは食べたらええがな」
「ホンマ? じゃあ一人で食べるで」
 自分も付き合わされると思っていたようだ。
 車で一時間半くらい移動して、その間も運転しながら空腹に悩まされる事は無かった。ツイッターのフォロワーさんが『水だけで三日断食いけますよ』という話を聞いたからなのか、三日は難しいけど、この昼を抜いて夕方まで、三十六時間いけるんじゃね? というのがその時思っていた事だ。
 そして和食バイキングの店内に入った時、私は食べられる喜びよりも、三十六時間の断食にトライ出来ないストレスの方が大きい事に気付き、自分でも驚いていた。しかし、ここで『オマエだけ食べてこい』と言い出せば、大喧嘩になる事は明白であった。外食の約束などしておかなければ良かった。
 食べた瞬間、目眩が来た。昼前なので、およそ三十時間の断食である。
 胃腸が激しく運動を始めたのが分かった。食べられる大きな喜び、よりも、付き合いで食べなければならないナーバスな感情の方が勝った。
 初回はこんな感じである。現在、身長170センチ、体重69キロ。明らかに太り過ぎである。
 新しく身につけた技、断食を今後も続ける事によって、どんな変化が生じるのか、またここで書き留めていきたいと思う。
 色々なダイエット器具、サプリを試してみて、なかなか結果が出ない方への一つの指標にでもなれば、書いた意味も出てくるであろう。

つづく

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