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“ブルーライトカットは悪影響”がバズっちゃダメだった理由


2021年4月14日、よしひこ@メガネ屋4代目さんのツイートがめっちゃリツイートされた。

「ブルーライトカットメガネは悪影響」

ここに反応した人たちが「買わなくてよかった」「もう買っちゃった、騙された」「効果があると思ってたのに勘違いだったの?」と阿鼻叫喚。

でも、元の発表内容(PDF)を見ると……。

日本眼科医会 “小児のブルーライトカット眼鏡装用に対する慎重意見” 参照2021-04-15

※画像は全3ページの発表の1ページ目(発表部分のみ)

小児にブルーライトカットメガネをかけさせることを推奨する根拠はないし、小児の発育にとって悪影響を与えかねないから、慎重に判断してほしいという「意見」だった。

つまり大人の装着を悪影響とは言っていない。

ここについては、ツイートをしたメガネ屋さんも後で訂正している。

きっちりと出典を提示しているだけでも誠実な発信だと感じたが、やはり訂正ツイートまで確認する人は少なく、結果として「ブルーライトカットメガネは悪影響!」「我々は騙されてた!」という認識が爆速で広まってしまったように思う。

ちなみに、発表内にはブルーライトカットメガネに眼精疲労を軽減する効果はない、と記述がある。しかし、その根拠とされる論文の実験内容は「ランダムに選出した120名の実験者に2時間PC作業をしてもらい、ブルーライトカットメガネのあり/なしで疲労感の違いを調査した」というもの。

たったの2時間ではそもそも眼精疲労自体発生しない気がする。それを根拠にブルーライトカットメガネは疲労軽減効果がない、というのは、ある意味では正しいが、ある意味では間違っていると感じた。

少なくとも僕は仕事柄、起きてから寝るまで10時間以上液晶画面を見続けている。画面の輝度を下げるにも限界がある時、ブルーライトカットメガネがあると楽だから使っている。

疲労感の軽減についてはやはり個人差も多い、とメガネ屋さんも説明している。これはほんとにその通りだと思う。


それでもやはり、このツイートはバズっちゃいけなかった。なぜなら、元の医師会の人たちが本当に伝えたかった情報が正しく伝わらなかったからだ。

勘違いしてほしくないのだが、ツイートをしたメガネ屋さんが悪いと言いたいわけではない。

ただただ、バズっちゃいけなかった。
こんな形で広まるべき情報ではなかった。

何が言いたいかというと、このツイートを目にした時、はたして自分は「反射的にリツイートした」のか? それとも「リツイートするまえに発表元のPDFを読んだか?」を考えてみてほしいのだ。

僕はこれから「安全判断を他人に委ねちゃいかんよね」という話をしようとしている。

つまり、出典や情報元を見て自分で判断することを怠っちゃいけない、っちゅうこと。

教習所で散々言われたことだ。前の車が行ったからって安全だと判断して、確認を怠って進んではならないと。 

ある事実が提示された時、それが「いついかなる状況でも万人にあてはまる」ことは滅多にない。というか、ほぼありえないと断言して良いと思う。

自分が目にした「事実」や「発表」もっといえば「ニュース」が、どんな状況の誰に当てはまる内容なのか、本来であれば我々自身が判断しなければならない。

ただしそれはあくまでも理想論で、現実問題、そこまで手が回らない人が多い。なぜか?

まず、多くの人には時間がない。そして、複数の論文や科学的根拠を比較検討する体力がない。

当たり前だ。毎日の仕事で疲れ切っていて文章を読むことすらしんどいのに、そんなことやってられない。

だから日々多くの情報に触れるなかで、特に「自分の感情がゆさぶられた」ことにしか強く反応できない。

繰り返すが、それはある意味仕方のないことだ。いまを生きる人たちは仕事に追われ、日々を暮らすだけで精一杯。少ない余暇時間でチラッと目にしたネットニュースの真偽判定なんてダルすぎてやっていられるわけがない。

わかる。わかるんだけど。
でも特に自分の生活や健康・命に関わるような事実に関しては、どうか一瞬立ち止まって「これ……ほんとにそうかな」と思って欲しい。

難しいのはわかってる、でも言わずにはいられない。注意喚起というより、これは僕個人の勝手な願いに近い。



なにかニュースを見たとき、唯一踏み止まることのできるタイミングがあるとすれば「自分の感情がゆさぶされた」と気づく瞬間である。

多くの人はここにすら気付けない。
だからこそ、せめて、いま自分の感情が揺さぶられたということだけには気づいて欲しい。

感情をゆさぶる事実を発表することには、多くの場合、人の感情をゆさぶらなくてはならない理由がある。

今回の場合、もとの眼科医会の発表はかなり感情をゆさぶるように作られている……ように僕には見える。なぜか。それはブルーライトカットメガネを訳もわからずかけさせられている子どもを救いたいと、発表者が考えているからだと僕は感じた。

これはあくまでも僕の推測だが、医会の人たちはこの発表で「子どもにブルーライトカットメガネをかけさせなきゃ、と思っている人に慎重な行動をして欲しい」と切に思っているはずだ。発表自体にもそう書いてあるし。

おそらく、眼科診療の現場で「ブルーライトは子どものうちから対策が必要と聞いて……」という親の一存でブルーライトカットメガネをかけさせられている子どもを何度も目の当たりにしてきたか、そうした医師の意見を考慮してこの発表をするに至ったのだと思う。

彼らは「子どもをもつ親」に少しでも足を止めて考えてもらうべく、この発表をしたのだろう。だからこそ「悪影響を与えかねない」といった、比較的強い表現を使ったのではないだろうか。つまり、おそらくは意図して「感情を揺さぶる」表現を使用しているが、そこに悪意はないと感じる。

ただし今回Twitterで拡散されたメガネ屋さんのツイートは、元となった医師会の発表とはすこし意図がズレている。ここに、最大の問題があった。

こちらも僕の推測で恐縮だが、メガネ屋さんは「ブルーライトカットメガネも正しく使えば有用なのに、誤った認識(誇大広告)が広まっていると思う。画面の眩しさ軽減など、本当に有効な効果についての理解が広まってほしい」と考えてツイートしたのではないだろうか。

その結果、眼科医会の人が一番伝えたかったであろう、大事な要素が省かれてしまった。

ブルーライトカットメガネは「小児の発育に悪影響を与えかねない(と医師会の人たちは心配しているよ)」という話なのに、その前提部分がガッツリ省かれているのだ。

本来、医師会の人たちが伝えたかった人(この場合、ブルーライトカットメガネを子どもにかけさせなきゃと考えている親)ではなく、「ブルーライトカットメガネを使っている/使おうと思っていた」人に情報が拡散されてしまった。

これが、冒頭で話した「このツイートがバズっちゃいけなかった理由」だ。本当に伝えたい人に、伝えたい形で伝わらなかった。しかも、情報の発表元とは何ら関係のない第三者の手によって、必要な情報が抜けたせいで、である。

発端のツイートは133文字だが、元の発表の内容に寄せても140字以内にはおさまる。

ただしここからが重要なのだが、適切な表現を心がけた瞬間、元ツイートにあったインパクトはガッツリ削れて露骨に「つまんなそう」なツイートになってしまう。試しに、僕が考えた140字以内の説明と、元ツイートを比較してみるとよくわかる。

◆元ツイート
今日の日本眼科医会の発表によると「ブルーライトカットに眼精疲労軽減効果は無い。むしろ悪影響」とのこと。
今までもブルーライトカットについてはグレーで、効果あるかどうか分からないけど効果ありそう、みたいな感じでしたが、悪影響との見解。販売業者は過度な広告を控えましょう。(133字)

◆僕ならこう言う
【ブルーライトカット・子どもは注意】
日本眼科医会の発表によると「ブルーライトカットメガネを小児にかけさせることは発育に悪影響となる可能性がある」とのこと。「子どもは特にブルーライトの影響を受けやすい!」と謳う広告も多くありますが、導入するかどうかは慎重に検討して欲しいです。(137字)

この比較は「最初からこう言えば良かったのに!」という後出しジャンケンをしたいわけではなく「僕ならこう言う版」のパンチのなさを実感してほしいがために実施している。

元ツイートを分析すると、ネットでバズるための要素をほぼ完璧に揃えている。

①衝撃の新事実(ブルーライトカットは悪影響)
②共感を呼ぶ文章(ブルーライトカットは効果があるのかないのかわからない、不信感のある人は多かった)
③販売業者は過度な広告を控えましょう(販売業者に騙されていた! という衝撃や怒り・失望につながる)

衝撃の事実→共感を呼ぶ→最後に怒りと失望につなげる、は完璧に「ネットでバズる」ための三拍子を揃えてしまっている。


これに対し、「僕ならこう言う」版にはまるでパンチがない。一応小手先のテクニックも入れてはみたものの、はじめからこの内容でツイートがされていたらほとんどリツイートされなかったんじゃないだろうか。

理由は簡単で、「一言で何がヤバいか断定していない」からだ。

しかし「なにかがヤバい理由」を一言で断定するのは多くの場合、不可能だ。仮にどえらい文章力があったところで無理なもんは無理だ。現実世界に存在する事実は多くの複雑な事情を背景に成立している。世界は広告のキャッチコピーのように気持ちよく一言では表現できない。

事実は断定できない、という事実だけは断定できる。

レトリック遊びはともかく、なるべく偏りが出ないよう可能な限り正確に情報や事実を伝えようとすると、多くの場合は「かなり曖昧で複雑」な情報になる。

しかし!それはネットユーザーのニーズとは真逆に位置するモノになってしまうのだ。

ネットユーザーは「それさ、一言で説明してよ」と口を揃える。時間がないからだ。片手間で暇潰しの情報検索に、いちいち時間を割く余裕がない。だから「一言で」「簡潔に」「重要なこと」を知りたがる。

厄介なのは「重要なこと」は大抵の場合、複雑な事情を背景に生み出されていて、簡潔に一言で表現するには危険すぎる(誤解や勘違いを生むことになる)ことだ。

それを理解している人ほど言葉を選んで断定表現は避けるし、多くの状況を想定するから「一概には言えないけど……」といった枕詞を使う。でも時間のないネットユーザーからすれば、それが「曖昧でよくわかんない」という印象になり、自分にとって重要でないモノと判断してスルーしてしまう。「曖昧でよくわかんない」モノは信用に値しないとすら思っている人もいる。

そうじゃないんだよ。
世の中は本来、曖昧でよくわかんないものだらけなんですよ。


科学に対する妄信も、ここには深く関わっていると思う。
現代社会は科学技術に支えられており、「曖昧でよくわかんないこと」なんてほとんど無いと思って生きている人が、意外にも多い。

実はそんなことはなく、科学技術や研究をいくら重ねてもわけわからん事実や、検証しきれていないことなんて世の中には山ほどある。特に研究の最前線なんて常に「曖昧でよくわかんないモノ」を「なんとか意味のわかる状態にできないか?」と毎日脳みそを絞り尽くして、そんなに頑張っても「意味わかんない」まま……なんてことザラにある。

風邪を治す薬(対症療法ではなく、根治する薬)が存在しないことは比較的知られているが、似たような事例はエベレストが縦に何千個積み重なっても足りないくらいの量、世の中に存在している。

そんな大事なことをすっかり忘れてしまうのには理由がある。曖昧でよくわかんないモノは、僕を含めた「研究者じゃないひと」たちにとっては面倒くさすぎるからだ。僕だって、いま使っているスマホやインターネット回線がなんで動いてるのか見当もつかない。そんなこと考える時間も興味もない。

それは特別なことではなく、そもそも人間の脳は「曖昧でよくわからないモノ」に強い苦手意識がある。だから、そんな曖昧でよくわからないモノより、一言で「ヤバい」と伝える(感情をゆさぶる)ニュースやツイートに注目が集まり、光の速さでリツイートされる。

感情が揺さぶられた時、ひとは可能な限り、早く落ち着きたいと考える。

あえて言葉を選ばずに言えば、さっさと落ち着きたいから、安易な結論に飛びつく。科学的根拠、別の角度からの研究結果、そういったものを比較検討せずに誰かの出した「それらしい結論」で勝手に納得してしまう。

「ブルーライトカットメガネは悪影響」という主張を目にしたときに「ブルーライトカットは悪影響なんだ!騙されてた〜」とショックを受けて、終了してしまう。

本来なら、いくつもの事実を比較検討した上で「自分はこの事実をどう解釈しようか?」と考えるのが適切な態度だと思う。……理想論だけどね。

もっといえば、発信側の正しい態度もそうであるべきなのだ。
学術論文の形式を見てほしい。
一つの主張に対し複数の事実や根拠を提示し検討した上で、その結論に至った理由を説明する……つまり、自分の主張を生み出すに至ったソース(出典)を読者に提示し、読者にも一緒に考える余地を与える。

今回の件の発表元も「小児のブルーライトカットメガネ装着は、発育に悪影響を与えかねない(と我々は判断した)から慎重にしてほしいな」という主張に対し、そう判断するに至った根拠をきっちり提示している。

だからこそ、僕はこれを見たときに、自分で考えることができる。つまり「発表元とは違う意見を持つこともできる」のだ。僕は、良い発表・主張とはこういうものだと思う。

だが多くのネットニュースにはその余地がない。明確な意図を持って余地を省いている場合もあるだろうが、多くの場合は致し方なく削っているはずだ。

なぜなら、ニュースの視聴者たち(ネットユーザー)が「考える余地」をハナから求めていないからだ。他者によって噛み砕かれ、とりわけ派手な部分を抜粋し、さらにわかりやすく咀嚼された情報にこそ価値を見出してしまう。

多くのネットユーザーに「価値がある」と判断される情報とは真実でも事実でもない。
「感情を揺さぶる情報」だ。


ネットで多くの人の感情をゆさぶるモノにはいくつかパターンがあり、その中の一つが「世間に広く受け入れられているアレが、実は企業の販売戦略だった!」というものだ。「我々は騙されてる!」系の情報である。

ネット上には、自覚の有無に関わらず「我々は騙されてる!」的な情報が大好きな人たちがいる。大好きというのは「好き好んでその情報を見に行っている」という意味だ。

「みんな騙されてるけど、実は○○なんだ」系の情報には「バレンタインデーは企業の戦略。煽られてチョコ買うなんて馬鹿らしい」系のかわいいものから「例の感染症は某国の陰謀」説まで多種多様だが、はっきりとした共通点がある。

それは「世間のみんなは騙されてるけど、私たちだけは真実を知っているから賢い」と思わせてくれる、気持ちいい情報だということだ。

今回のメガネ屋さんのツイートがすさまじい勢いでリツイートされ、拡散されたのも、ある種「気持ちいい」情報だからというのが理由の一つにあると思っている。

ネットニュースを見た時、じぶんは「きもちよく」されてないか? というのも、できれば考えてみてほしい。それ、たぶんネットニュースという形の覚醒剤だから。依存性ヤバいので、ほんと気をつけてほしい。

ここらで結論をまとめると、今回拡散された「ブルーライトカットメガネは悪影響」ツイートについての僕の意見は下記の通りです。

「感情をゆさぶる」ネットの情報を見た時、それが自分に深く関係することなら、別の角度から見た事実や科学的根拠と比較検討したうえで「自分はどうするか」考えてほしい。

事実はたいてい、曖昧でよくわかんなくて、ハッキリした答えなんかほとんどない。だから本当に自分に必要なことだけ、じっくり考えてみてほしい。

自分にあんまり関係ないことなら、そもそも見なくていいと思う。体力も時間も気力も有限だから、大切にしてほしい。

余談ですが、僕はこれからもブルーライトカットメガネを使い続けます。
まあ、ある日急に「いらねえや」ってなるかもしれないけど、今のところ「なんか楽だな〜」って感じている。だから、論文や調査結果をいろいろ見た上で、やっぱり自分の感覚を信じます。

どこかの誰かが出した「サクッと気持ちいい」結論で納得するより、自分のなかの「よくわかんないけど、たぶんこれがいい」を信じてみることにします。あとで「なんか違うな」って思ったら、その時に考えを改めればいいから。

みなさんも、自分の感覚、いっちょ信じてみてください。

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