「我がドリーム・カムズ・トゥルー」①

「え! 何?」
一輝はビックリして叫んだ。
トイレで腰掛けていたら、優美がノックもせずに、いきなりドアを開けたからである。
優美は一輝の抗議の声を無視して、サッとトイレの中にすべるように入り込むと、後ろ手にドアを閉めた。
「何なの? 入ってんのに」
「流さなくて良いよ」
優美は一輝を立たせると、自分が交替して腰を下ろした。
そして、一輝が慌ててトイレを出ようとするのを鋭い声で制した。
「待って。見ていって」
ショワショワショワ~~
狭いトイレに二人分の匂いが立ち込めた。
一輝はあまりの出来事に呆然自失、優美のなすがままだった。

一輝、24歳。
優美はほぼ一まわり上の35歳。
入社2年目の新米社員とシングルマザーのベテランOLのカップルだった。
 
一輝はまだ童貞だ。
優美とのホテルデートは今度で2度目だったが、1回目は失敗。
童貞返上をお預けで臨んだ2度目のデートだ。

しかし、いっしょにトイレで用を足すとは。
童貞の一輝には刺激が強過ぎた。

一輝は昔から年上の女に弱かった。
実家の隣家には年上の美人3姉妹がいて、一輝は幼児の頃、3人にまるで歳の離れた末弟であるかのように好き放題に弄ばれた。
女に対する受け身の姿勢が植え付けられたのも無理はない。
それを一輝は自覚していた。
だが、自覚しようとしまいと、そのキャラは抜きがたく一輝の人生を支配した。

一輝は女だけでなく、男にもモテた。
座って小用を足すようになったのは、中学生の時に受けた性被害が原因だった。
それは池袋の地下街のトイレでの出来事だった。
立って小用を足していると、隣の中年男が一輝の皮被りの小さなペニスをのぞき込んできて、自慰をしていたのである。
逃げたくても、途中では止まらない。
結局、お互いにそのままの位置関係でフィニッシュを迎えることになった。
一輝は用足しのフィニッシュを。
中年男はアレのフィニッシュを。

それ以来、一輝は小用も必ず個室で足すことにしている。
しかもなぜか座って。
友達といっしょの時は「大じゃないよ」とことわりつつ一人個室に向かうのだ。
優美がためらいもなく、一輝が用足し中のトイレに侵入してきたのも、その昔話を打ち明けていたからだろう。

今日は失敗は許されない。
2回続けて失敗したら、見捨てられるかもしれない。
それは絶対避けなければ。
普通の若い男には単なる年増でも、年上好きの自分にはまたとないパートナーだ。

「少し飲もうか?」

ベッドに入る前に、気を遣って、優美が言った。
コンビニで買ってきて冷蔵庫で冷やしていた焼酎を取りに行く。
ストレートの焼酎。
一輝は酎ハイ。
並外れた酒豪の優美はワンカップの焼酎をほとんど一気に飲み干した。
さほど酒の強くない一輝は缶酎ハイ1本にも時間がかかった。

言ってしまおう。
言うのは今しかない。
言わないで失敗したら、ただのインポだ。
言えば、少なくとも、時間稼ぎにはなるだろう。

「あのさあ」
「なあに?」
「うん、変な話だけど、黙って聞いてくれる? 終わりまで」
「何? 別に、良いよ」
「ありがとう」

続く

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