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71についてのお話

こんにちは。身近な数字のアドバイザーのナカナカです。
今日のテーマは71(ない)、「否定」についてのお話です。

「後悔などあろうはずがない」
これは、2019年3月にシアトル・マリナーズ引退を表明したイチローが、記者からの「決断に後悔はないか」との質問に対して答えたときの言葉です。27歳から19シーズンを過ごしたメジャーリーグを引退することに関して、後悔などみじんもないと、強く否定したイチローのすがすがしい表情が印象的でした。辞書によれば、「あろうはずがない」は存在する可能性を完全に否定する表現で、「あり得ない」「存在し得ない」「決してない」などの類語があげられています。

イチローは、19年間の現役生活で10年連続200安打、262安打記録とゴールドグラブ賞10年連続という輝かしい記録を残しました。その功績に対し、マリナーズは球団の殿堂入りという栄誉を与えました。8月28日(日本時間)の殿堂入りを祝福するセレモニーでは、イチローがファンに感謝のスピーチを英語で行い話題になりました。

イチローの英語は比較的平易で分かりやすく、ユーモアにあふれ、満員の観客や、臨席したかつての殿堂入りプレーヤーから大爆笑を誘っていました。そして、スピーチの後半では現役の選手に向かって熱いエールを送っています。

「日本から来たやせっぽちの男がこのユニフォームを着て戦い、そして今夜皆さんの前に立って名誉を受けることができるわけですから、あなたにもできないはずはないのです。」

ここでは「できないはずはない」という二重否定が使われています。ちなみに原文は、「then there’s no reason you can not do it either.」です。古文調に訳すと「できないはずがあろうか、いや、ありはしない」となるでしょうか、後輩のメジャーリーガーに託す思いがひしひしと伝わります。

「否定を否定」することはつまり「肯定」になるのですが、なぜわざわざ二重否定を使って表現するのでしょう。二重否定の主な表現方法について考えてみましょう。

一つ目はイチローのスピーチにあるように、強い肯定の意味を伝えたいという場合に使われる二重否定です。代表的なものに「明けない夜はない」があります。「夜は明ける」という普通の肯定文と比べると伝わり方が全く違います。失意のどん底にいる人に希望を与える力強いメッセージは二重否定文の方です。

また、あいまいな肯定にも二重否定が使われます。週末のハイキングに誘われて「行かないこともない」などと答えると、誘った側は「どっちやねん」とつっこみたくなります。

ビジネス関連のサイトには、分かりやすい文章を書くためには二重否定を使わず肯定文にしましょうと書かれています。確かにビジネスの場ではあいまいな表現を避けて、こちらの意図を正確に相手に伝える必要がありますね。

例えば、「その条件なら、譲歩しましょう」と言えば対等のパートナーとして同じテーブルについているというイメージですが、「その条件なら、譲歩しないこともない」と二重否定を使うと、譲歩するもしないもあなたの出方次第という、上から目線の含みを感じて相手に悪い印象を与えかねません。

表現の可能性を広げたり、意味をあいまいにしたり、使い方によっては便利な二重否定も、日本で暮らす外国人には混乱を招きかねません。多文化共生を目的としたまちづくり講座の資料には、「在留カード以外は必要ありません」を「在留カードを持ってきてください。」に、「使えないわけではありません」を「使うことができます」に言いかえるなど、例をあげて二重否定の表現は避けるように呼び掛けています。どんな時も相手の立場にたった表現を心掛けたいものですね。

参照
https://dokugakuenglish.com/listening/ichiro-mariners-hof-speech/
君津市周西公民館 講演記録 【令和4年2月13日(日)実施】

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