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倉リハの人材育成 マングローブの森のように

《本文章は、2019年の年頭所感として、院内情報誌「倉リハネット」に掲載したものです》

年頭にあたり、倉リハが目指す職場について考えてみました。まず最初に登場するのは、海に森林を形成するマングローブです。

マングローブの森の役割

マングローブとは熱帯や亜熱帯の海岸の、真水と海水の混じり合う汽水域に森林を作る常緑樹の総称を言います。日本では沖縄の西表島や、奄美大島の河口に形成された森が有名です。汽水域は陸上の樹木にとって過酷な環境ですが、マングローブは塩分を排泄する特別な仕組みや、波浪に耐えるための特別な根を発達させ適応しました。マングローブは生長が遅いので、陸上では他の樹木との競争に負けてしまい、生きていくことができません。そこで居場所(ニッチ)を求めて汽水域に進出しました。そこには他の競争相手がいなかったので、生きていくことができました。

マングローブは風波にさらわれないように海底に支柱根を伸ばします。支柱根は海底から垂直に海面上に伸びています。支柱根の周囲にはやがて泥が溜まっていき、有機物に富んだ、いわゆる土壌を形成します。そこは微生物や小動物にとって、格好の住処になります。小動物が増えると、それを捕食する大型の生き物も集まってきて、多様で豊かな生態系が形成されます。そんな豊かな森は、海水の浄化作用に富み、地球環境を守る重要な役割を果たしています。

マングローブ

マングローブの森の画像

中村武久, 中須賀常雄: マングローブ入門ー海に生える緑の森. めこん, 1998

倉リハはマングローブの森

なぜマングローブの話をしたかというと、マングローブの生き方は、職員の人材育成に通じるものがあると気づいたからです。人材には成長が速い人と、成長が遅い人がいます。成長が速い人は、一回の指導で仕事をマスターし、期待以上の成果を上げてくれる人物です。組織にとってはありがたい存在です。一方で成長が遅い人は、同じことを何度も指導しないとちゃんと仕事ができませんし、ルーチン・ワークを覚えるのにも時間がかかってしまいます。

世の中では、成長が速い人材は、大企業に集まります。ですから、大企業は人材を集めるのも育成するのも楽だろうな、と想像します。一方で中小企業には、成長が速い人は、まず来てくれません。募集人員の数を集めるのもなかなか、ままなりませんし、来てくれるのはいわゆる大企業に入れなかった成長が遅い人達です。倉敷リハは、中小企業に相当します。成長が速い人材は、大企業に相当する基幹病院や大都会の病院に就職してしまいますので、どちらかというと、成長の遅い人を採用しています(もちろん、心が温かくて、成長が速い人にも来てもらっています!)。倉リハは、ゆっくりと成長する人が集える場所で、それは、さながらマングローブ森のようです。

倉リハの人材育成

成長が遅い人は、育成するのに手間暇がかかります。中小企業の経営者は手間暇かけて、家族の一員のようにして、従業員を育て上げます。倉リハは、学生実習のときから成長が遅い人への面倒見がよいので、養成校の教員から絶大な信頼を得ています。そのために、指導に手のかかる学生が選抜されて送られてくることも少なくありません。それでも当院の現場にはそんな学生を包み込む包容力があります。そのため、倉リハでの実習体験を通じて、就職を希望する学生は、枚挙に暇がありません。倉リハに就職の見学に来た学生も、必ず指導体制が充実していることを選択の理由に挙げてくれます。

マングローブになぞらえて、成長が遅い人の良いところを挙げてみましょう。マングローブは、海底に支柱根を伸ばしてしっかり定着します。成長が遅い人は、他では適応に苦労するので、自分の居場所はここにしかないのだと決意して、一生懸命、今の職場に定着しようとしてくれます。そのようにして職場に定着してくれた人は、さながら、多くの支柱根を海底にしっかり根付かせたマングローブの様です。一方、成長が速い人は、なんでもすぐにできてしまうので、他に自分を生かす道がないか、迷い始めます。いわゆる、「自分」探しが始まります。別の居場所を求めて飛び出してしまうこともよくありますし、それを繰り返す人も少なからずいます。

自分が生きるのはここしかない、と覚悟を決めて定着した人は、「自分」が安定します。自分が安定すると、周りがよく見えるようになります。そうなれば未熟な学生の気持ちがよくわかるし、自分と同じように成長が遅い人の思いもわかるようになり、優しさと慈しみをもって接することができるようになります。

大切な職場

愛を受けた者はやがて、愛を与える存在になります。愛はさながら、マングローブの支柱根の周りに溜まる泥の様です。泥は、弱い生き物、小さい生き物に住処と食べ物を与え、豊かな生態系を産み出す基になります。マングローブの森に泥が集まり豊かな土壌が形成されるように、倉リハでは、互いを思いやる愛の循環によって、愛に満ちた包容力のある職場になっています。私が倉リハを初めて訪れた時に、職員の物腰がやさしく、丁寧に挨拶してくれたり、入院患者さんの表情が穏やかだったのが印象的だったのですが、このような愛が満ち満ちた職場だったからなのだと、納得がいきました。多くの来訪者の方々からも、同様の感想をいただきます。

愛に満ちた職場は、職員を幸せにします。倉リハは離職者が非常に少ないのは、そのことが反映されているからだと思います。私たちはこれからも、ひとりひとりが自ら、このかけがえのない大切な職場を守って行きましょう。倉リハの豊かな土壌(包容力)は、今では多様な成長速度の木々が、しっかりと根を下ろせる様になってきています。ですから、未来の倉リハには、多様な人々が集い、それぞれ思う存分成長してもらい、さらに魅力のある職場にしたいところです。

最後に、私たち職員は地域の一員です。この職場を通じて、患者さんやその家族のみならず、地域全体が穏やかに幸せになることを願います。マングローブの森が、地球環境を守っているように。

追伸

筆者は、本からの知識としてマングローブを論じましたが、実際にマングローブの森を見たことがありません。しかし、たまたま、国の機関でマングローブの森の調査・保全に携わった方の担当医となり、その方が情報誌を手に取って読んでくださっていて、肯定的なコメントをいただいたのを、心強く思った次第です。


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