印刷会社のファシリテーター〜人との繋がりの中でくらす・はたらく〜【博進堂・長沢利紀さん】
皆さんは、自身の卒業アルバムの装丁を覚えているだろうか。
私はというと、小学校、中学校、高校と3冊の卒業アルバムを受け取っているはずが、一つも思い出すことができない。そもそも、写真にうつる自分の顔を見たくなく、受け取った後すぐに家のクローゼットの奥深くへしまい込んだ記憶がある。開いたのは、乱丁を確かめた一回のみだ。親のために保管しているだけで、自分から能動的にページをめくることなどないだろうとも思っていた。
しかし、博進堂さんの取材を無事終えた私は、能動的にめくることになる。
卒業アルバムという、未来に価値がでる作品を。
職場で生かす場作りの技術
今回は、博進堂で働く長澤利紀さんにインタビューをさせていただいた。
資料をいただいて事前に調査したところ、学生時代からゴミ拾いやファシリテーターなど様々な活動に取り組んでいる方、というイメージであった。そんな長澤さんが、どうして印刷業界に身を置くことになったのだろうか。
「大学3年?4年の時、元々就職活動に対して前向きになれなくて、当時、相談にのってもらった友人がインターンシップしていたのが当社だったんです。
その友人から、今やっていることの中で続けたいことって何? と聞かれました。私は学生の時にゴミ拾いなどの環境活動をやっていて、そこでよく話し合いのワークショップのファシリテーターをやらせていただいたり、プログラムをつくったりしていたので、そういう話し合いの場づくりを仕事として続けたいなと。
博進堂は印刷会社でありながらもファシリテーションやまちづくりの活動をもう30年も新潟の中でやってきていて、そういうところも魅力的だなと思って仲間入りさせていただきました」
そんな長澤さんは、今、博進堂でいろいろなお仕事をされているという。
「うちの会社の人たちって仲が良くて、130人くらいいる中で一回もしゃべったことのない人って多分いないくらいなんです。でも多分、僕の仕事を正確に把握している人は一人か二人くらいしかいません」
確かに、長澤さんの肩書は見る資料によって「営業」や「人材育成」と書かれている。詳しく聞くと、人材育成や営業、広報物の制作等、社内外にかかわらず様々な職務をこなされているそうだ。その中で特に、人材育成という業務についてお伺いした。
博進堂は、hakushindo CAMPUSという名前で毎年社内研修を開催している。社内研修と謳っているが、その研修は社外の方も参加可能だ。外の風が入ってくることで、研修にいい緊張感が生まれたり、悩みを共有しあって励まし合ったりできることが特徴としてあげられる。
また、依頼が入ったら、他企業の研修プログラムをオーダーメイドで組むこともある。
「大切にしていることは、教える研修にしないということです。私たちが企画する研修って、専門的な知識や技術の研修ではなく、コミュニケーションとか関係作りとか、誰にでも当てはまるテーマが多いんです。だから、教えるより、『あなたはどう思いますか』って問いを出して参加者が答えを見つけていくような、ワークショップ形式という特徴があります。それを当社の人材育成の中でとても大切にしています。参加者同士のコミュニケーションを増やして、全員がここにいていいんだと思える場づくりを心掛けています」
点と点が線でつながったような感覚に、思わず「あぁ」、と声が出る。
つまり、長澤さんが就活時に掲げていた「続けていきたいこと」を、今まさに仕事としてできているということだ。学生時代に取り組んできたファシリテーションの活動や場づくりの経験が現在の仕事に繋がっている様子は、生き方に一本筋が通っているようでとてもかっこいい。
進化しつづける印刷業界
「社長のキーワードは今、3つあるんです。『共』に『創』るの共創と、『共』に『育』むの共育、あとは作品。
捨てられる印刷物を作っていくんじゃなくて、それを手にした人が大切に持っていたくなる、作品のような印刷物・ものづくりをしていく会社になろう、という意味です」
少子高齢化が進む昨今の社会では、卒業アルバムの冊数も減少していく。また、コストの削減や子どもの数の関係からそもそも卒業アルバムを制作をしない学校もあるという。だからこそ、印刷業界は進化をし続けていかなければいけない。
その中で、作品としての価値を高めることで衰退を防ぐ。なんと痺れる志だろうか。博進堂を知れば知るほど、こんなに素敵な会社の社長とはどんな人物なのだろうとワクワクが止まらない。
「社長は、自分のアンテナや感性に引っかかるものに対して、瞬発力がある人なんです」
長澤さん曰く、アイデアマンだという社長。長澤さんは、社長が目指している会社の方針を社員に伝える、社長と社員の橋渡しのような役割を担う場面もあるという。そのため、仕事では、社長にも毅然とした姿勢が求められる。
「社長の考えをかみ砕いて、どの社員が聞いてもわかる言葉にしていくとか、皆がそうだよねって言える価値観にするために、社長にインタビューすることが多いです。そのとき、わからないことは『わかりません』とハッキリ言うようにしています。そうしないとやっぱり、伝えられないから」
共創をテーマとして掲げる社長の心意気は、社内に設置された「共創ルーム」からも伺える。社内のコミュニケーション量の多さは、そういった社長の考えが源になっているのかもしれない。長澤さんの持つ、話し合いや場づくりの技術が最大限に発揮できる環境である。
長澤さんに、学生や新社会人へのアドバイスを伺った。
「挨拶を大切にすることですね」
「おはようございますとか、おつかれさまですとか、よろしくお願いしますとか、ありがとうございますとか、申し訳ありませんとか。基本の挨拶ができれば、なんとかなる。
地方の中小企業って、平均年齢が40歳とか50歳の会社がいっぱいあって。博進堂もそうなんですけど。僕は今32歳で、入社して8年目くらいですが、まだ年上の人のほうが圧倒的に多い。そして、自分より社歴のある方とか目上の方に教えていただいたり、ご協力いただいたりしないと前に進めない部分が多々あります。そういうときに普段からちゃんと挨拶をしていると、すごく力になってくださったり、思いついてなかったことを教えてくださったりするので、大切にしていますね」
取材をしていく中で、長澤さんの人柄がよくわかる。工場見学をさせていただいた時、たくさんの方が、機械の内部や出来上がった印刷物を作業中にもかかわらず快く見せてくださった。きっとそれは、今まで長澤さんがコミュニケーションを通して築き上げてきた、その人との関係値のおかげであろう。ひとりひとりと真摯に向き合いながらも、謙虚に接する姿が、周りを動かす要因になっているのだとひしひしと感じた。
「場づくりの技術やファシリテーションの技術を使いながら、社長の目指す『未来に価値がでてくる作品』をつくっていくことを、ひたすらにチャレンジするしかないです」
「あ、でも、プライベートでの僕の次のチャレンジはこれですね」
そう言って長澤さんが手に取ったのは、タンブラー。
3年ほど前からスペシャルティコーヒーに目覚めたという長澤さん。取材をさせていただいた週も、二日間休暇をとって、東京で開催される『SCAJ2023』というイベントへ赴く予定だという。新潟のコーヒー屋さんは良い人が多く、新潟にいてよかったなと思わされると語っていた。
新潟は人と人とをつなぐ力がとても強い県だ。人とのつながりを大切に、コミュニケーションに重きを置いて仕事に取り組む長澤さんを通して、新潟でくらす・はたらくことの特色を見た。
おわりに
取材後に長澤さんがおすすめの一つとしてあげてくださった喫茶店の『LOG COFFEE』へ向かった。
甘いキャラメルショコラケーキに甘いショコララテ、甘×甘の組み合わせになってしまったことに注文後に気が付く。「いいんだよ」、「おいしそうだね」、と言ってくれるチームメンバーの口調にも、どこか甘やかしてくれるような響きがあった。コーヒーには産地等の説明が記載されたおしゃれなカードが添えてあり、「酸味が」「深みが」といったふたりの飲レポに思わず大人だ……と感服してしまう。
将来、コーヒーをブラックで楽しめるようになった私は、いったいどこでなにをしているのか。どんな仕事を、どんな人と、どんな気持ちでしているのだろう。思えば中学生の時の私も、全く同じことを不安がっていたなと思い出す。いろんな人との出会いや繋がりを大切にして楽しく生きていると伝えたら、15歳の人見知りでひねくれ者な私は一体どんな顔をするだろう。そんなことを考えていたら、中学生の頃の自分に会いたくてたまらなくなった。そして、私は閃く。
そうだ、卒業アルバム、見よう。