書けない時は書かなくたっていい。1ヶ月書くチャレンジの本当の目的。
なんだか、書けない時もある。
眠すぎて、書くより早く寝たい時もある。
『書く習慣』を読んで、「#1ヶ月書くチャレンジ」を始めたんだから、いくら眠くても今日も書かなきゃ... 続けるって決めたんだから...
とか、
Netflixで流行ってる「イカゲーム」を寝不足覚悟で見たから眠すぎて早く寝たいけど、今日もnoteを書かなきゃ... 何を書こうか? ダメだ、眠すぎて何も思いつかない...
という心境で葛藤していたのは、
昨日の23時頃の僕です。
でもこういうの、僕だけの話じゃなくて、
よくありますよね?
「1ヶ月書くって決めたんだから、
今日も絶対に書くんだ!」
と思いながらも、
ネタが思いつかない...
眠いから書くより寝たい...
とかって。
書ける人、書けない人。
こんなとき、人は2パターンに分かれる。
絶対に書くんだ!自分が決めたことだから!
と自分にムチ打って書ける人と、
あー今日はムリだなぁ、、ネタが思いつかん、眠すぎる、寝よ、
って人に。
たぶん、前者はすべてにおいてこの思考パターンでいくだろうから、きっとスポーツやビジネス、学業でも素晴らしい成果を挙げたりできる人。
かたや、後者のような人は、けっこう多いだろうし、僕もそのなかに含まれる。
一般論では、前者は良くて、後者は良くない、と言われる。
でも、本当にそうなんだろうか?
書くと決めたのに書けない自分はダメなのか?
わかりやすいように、今回は「#1ヶ月書くチャレンジ」だけに限って考えてみる。
前者の「なにがなんでも毎日書く!」という考えの奥には、「決めたことを守って"達成"することがいちばん大事」という"達成ゲーム"のスタンスがある。
後者の「ネタがないから、眠いから、今日はもう寝よう」は、自分で決めたことを守れず、自分に甘い、ダメダメな姿が見える。
で、ここで僕がよく考えるのは「期間をどう区切るか?」の話。
それは続けられるのか?
期間を1ヶ月で考えた場合は、たしかに前者は30記事を書き上げて、1つの達成感を味わっているだろう。
しかし、どうだろう?
そこで達成感を感じた後、
書くモチベーションは続くんだろうか?
1ヶ月書き続けるチャレンジを達成することで、プツッと緊張の糸が途切れ、燃え尽き、31日目は書くのをお休みしたり、なんならその後はしばらく書かなくなる人もいるんじゃないだろうか?
というのも、「#1ヶ月書くチャレンジ」のハッシュタグでTwitterを眺めていたら、気になるツイートを見かけた。
「30日書くことを達成したら、なんか緊張の糸が切れちゃったなぁ」
この人はきっと前者で、30日間の達成ゲーを見事に達成して走り切ったんだろう。しかし、そこでプツッと緊張の糸が切れてしまった。
もしかしたら、書きたくなくても、苦しくても、がんばって書いていたのかもしれない。それは、素晴らしいことだし、なかなかカンタンにできることじゃない。
でも、書きたくなくても、苦しくても、書くことをやっていると、その行為に小さな「イヤ」のカケラが積み重なっていく。
そして、小さな「イヤ」のカケラは、無意識のうちに心の中で少しずつ大きくなり、1ヶ月経つ頃には割と大きな塊となって、前に進もうとする自分を後ろに引っ張る。
なんとか1ヶ月は、タイヤを引きずるトレーニングのように塊を引きずりながら前に進むことができても、「1ヶ月」というゴールラインを踏んだ瞬間に、立ち止まってしまう。
「プツッと緊張の糸が途切れた」状態というのは、そんな心理状態なのかもしれない。
「書く」=「ちょっとイヤ」の構図にならないようにする
もちろん、苦しくても前に進んで達成するのが、良くないということじゃない。
ただ、できるなら、書くという行為にセットで「イヤ」のカケラが生まれてこないようにしたい。
とはいえ仕事の場合は、クライアントがいて、納期がある。苦しかろうが、眠かろうが、「イヤ」のカケラが生まれようが、キッチリ書き上げるのがプロの仕事人だ。
ただ、プライベートで書くnoteには、自分で自分を喜ばせる装置としての機能を残しておきたい。だからこそ、できるだけ「イヤ」のカケラが生まれないようにしたい。
1ヶ月書き続けるだけなら、苦しくても、眠たくても、気合いで書き続けるのがいいかもしれない。
でも僕らの日々は、その後も続いていく。
後者の「ネタがないから、眠いから、今日はもう寝よう」は、自分で決めたことを守れず、自分に甘い、ものすごくダメダメな感じがするけど、
また、その次の日から書けばいいじゃない。
それなら、「イヤ」のカケラは生まれない。
#1ヶ月書くチャレンジの本当の目的
「#1ヶ月書くチャレンジ」は、書く習慣を身につけるための1つの手段なわけで、それが目的じゃない。
期間を1ヶ月で区切って、
1ヶ月毎日書くことがゴールの
"達成ゲー"で考えるんじゃなくて、
1ヶ月経った頃には、
「これなら今後もずっと書いていけそうな感じがするぞ。オラ、ワクワクすっぞ!」
とキントウンを手に入れてビュンビュン飛び回るぐらいの、そんな自分になっていくための"継続ゲー"としてこのチャレンジをとらえるのが良いんじゃないだろうか。
たまに休んでもいいから、30記事を書くことを目安に続けていくほうが、きっと「書く習慣」は身につく。
「逃げるは恥だが、役に立つ」
あのドラマのオープニング曲の曲名を覚えているだろうか?
きっとみんなエンディングの恋ダンスは知っていても、オープニング曲は誰が歌っていて、どんな曲名だったかは覚えていない人が多いだろう。
「進め、たまに逃げても。」
これがオープニングで、僕の大好きなチャランポランタンが歌っている曲の曲名だ。今日書けなくても大丈夫。明日書けばいい。続けていくことこそが、終わりなき旅を歩いていく僕らに大切なことだ。
てなわけで、
昨日は眠すぎて記事を書けなかった自分への壮大なる言い訳を、さも学びコンテンツのように書いてみました。
だってさ、「書く習慣」のP119にも書いてあるじゃない、
「無理やり学びに結びつけること。」
って。
昨日の書けなかった自分が、今日のネタになりました。
でもね、今日書いたことは、良いわけじゃなく、割と大事だなって思ってるんです。
自分のなかに余計な「カケラ」を溜め込まないこと。そして、溜まっちゃったものは、たまにちゃんと見つめて、成仏させてあげるってことが。
というわけで、
『書く習慣』ファン
&
1ヶ月書くチャレンジ中の人
&
チャレンジが終わって息切れしちゃってたアナタへ、
この曲を贈ります。聴いてください。
「進め、たまに逃げても。」
を歌っている、チャラン・ポ・ランタンの「愛の讃歌」をどうぞ。
なんかね、これ、元気になるのよ。
最初はふつうなんだけど、後半の自由すぎる観客への絡みで、なんだか笑っちゃうチャラン・ポ・ランタンの「愛の讃歌」。2つのバージョンで、どうぞ。(サムネの写真がヤバいなw)
メジャー・デビュー前の2011年、路上パフォーマンス。こちらも観客への絡みたっぷりw
チャラン・ポ・ランタンは、実の姉妹。アコーディオンを弾いているのは大道芸人をしていた姉、小春。姉の小春が、単なる高校生だった妹ももをボーカルとして誘い、2009年に結成。
2014年にエイベックスからメジャー・デビュー。そして、2016年、「逃げるは恥だが役に立つ」のオープニング曲に採用されたのが「進め、たまに逃げても。」
んで、LIVEで
「あんなに話題になったドラマのオープニング歌ってたのに、そんなにアタシらのこと話題になってないぃ〜〜!」
っていう定番自虐ネタで笑いを取る、そんなチャラン・ポ・ランタンを、どうぞよろしくお願い致します。(なんちゅう締め方だww)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?