早月くら

短歌

早月くら

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薄暑

まだだれもいないプールに朝が降る 製氷皿はいま満ちてゆく 避雷針の孤独を話す(想像がいちばんうつくしいなんて嘘) みなぞこは此処 薄明るい真昼間の壁に映画を浅くうつして しなやかなゆびを見ていて見失う国がかたむくまでの過失を 夏はもう その踊り場に果てしなく冷えたグレープフルーツジュース 初出:『西瓜』第九号 ともに欄

    • 氾濫/夏の薔薇

      氾濫/夏の薔薇 早月くら 紙の花 誰の所為にもしないまま生まれ変わりは千年の比喩 過去に戻りたいか という話をしていた あらゆる扉の向こうに春が降っているような日曜日 大気は桜色を帯びて (それは心象として) もうしばらくはあかるいはずの窓際に わたしたちは傾ける グラスを 或いはいのちを いまが一番だ と あなたが言って わたしは眩しそうな顔をしただろうか 窓から見える路地に キャッチボールをしている子供たち 取りこぼされたボールが 転がってゆく 取りこぼされた記

      • 後ろ手の花

        読みさしの図録を不意にひらかれた午後、予感とは後ろ手の花 概念をきれいに燃やすひとびとに桜の陰はあおく映って 隣りあうことの遠さはいつだって 冷えた八朔ざくざくと剝く きみにわたしに春降りつもる金色の果肉は爆ぜながら眼の奥へ 塗りたての爪を網戸にひっかけてさざ波みたい 声も記憶も 初出:『西瓜』第八号 ともに欄

        • お伽噺にいないひと

          お伽噺にいないひと 早月くら  彼方へと霧は去って、そのかわりのように朝が降りそそいでいる。磨りガラスの起伏のひとつひとつに、公園の蛇口のゆるやかな曲線に、露に濡れた椿の葉に、朝の光はゆっくりと含まれて。冬の澄んだ空気を吸いこむと、なにかをうしなったようにも、なにかがはじまるようにも思える。あの時もそうだった。この町には一年にいちどだけ、その年最初の新月の夜に行商がやって来る、とあのひとは言った。どこから来るの、と尋ねると、天国、とちいさな声で教えてくれたのだった。そこにし

          mirage

          mirage 早月くら でもそれは踊りのようで 万華鏡 どのビルも入口は混みあう 遠ざかる夢をみたことゆっくりとあなたは白いマフラーを巻く それぞれに還る岸辺があるとしてそのどれでもない冬の朝の空き地 ある朝、そこに空き地はあった 午前七時のつめたく青ざめた空気をふんだんに集めて どの朝も視界の右端に映るそこが空き地になる前 そこにはたしか、薄桃色のアパートがあった、気がする いまはもうわたしの記憶の中だけに建っているアパートの 街からすこし浮いたようなその色を証明す

          薄い魚

          薄い魚 早月くら 秋のつまさきへとふれる旅だから冷水で手をすすぎ、港へ 涼しいは比喩ではなくて、話してて、ラゲッジタグにすずらんの白 最果てへ行くのだろうか傷ついたスーツケースは昏く重なる 浅い椅子 荷物を抱いて座るときあらゆるざわめきは他人事 空の上に空のあることなめらかに水平線のかたむく窓は 天井にゆらめいているゆうれいのひかりのなかにあなたの右手 速度が ひとを遠くへ連れてゆく ひとはいつだって微弱にふるえているけれど 地面からはなれるほどに振動は増幅され

          乾かない骨

          蝶 駐車場の見えるベンチで待っているあなたを、あなたのかたちの影を 雨後のアスファルトに散った水溜りふるわせている風と蝶々 越境の所作しなやかに誘導のロープを跨ぐしろい足首 音が声になる瞬間を知っていてそういうふうに名前を呼んだ 白 汚れやすく白い、感情ではなくて今はパンダの毛並みの話 竹を裂くするどい犬歯やさしいと思われたいと思っていたな 白黒の獣の庭に黒揚羽あらゆる色にまみれた日々よ 橋 夏の夜の密度があってそれを蹴るまだサンダルに慣れないかかと 渡らない桟橋ば

          乾かない骨

          影を見る

          記憶野が花野ならいい過たず色は地層となってほしくて 窓際にひかりを溜めて不在とはまばたくたびに影を見ること 後悔はいつまでも波 溺れないように真夜中だけの波止場を 雨あがりの森に雫が降るといううつくしい時差 泣けるとおもう 金木犀をまず香りから知ったこと 声 思い出しつづけるでしょう 初出:『西瓜』第六号 ともに欄

          影を見る

          夏盗人

          夏盗人 早月くら   遠雷 と聞くとなにか悪い報せが浮かぶでしょう? という声がして 浅く頷く 六月 けれどあらゆる 現象に意味はないから祝福と信じても良く、夕立を行く   ふかぶかと空を隠して誠実な傘 見えるもの 見たいもの 淵   削ぎ落とす甘夏の果皮苦いなら糖をまぶせば良いと言われて   mistype 2823年の豪雨のことを記すゆびさき   手のひらが手の裏なんて思えない 生命線のながいながい弧   夜という言葉が単位であることに救われてしまって夏至にいる    

          n月の自選5首

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