【短編小説】「前略、ゆみちゃんへ」

(完読まで8分ほどの量です)

「2022年11月吉日

前略、ゆみちゃんへ

突然の手紙にビックリしていることと思いますが、きっとゆみちゃんは僕のことを覚えているかと存じます。小、中と同じ学校だった同級生のコウタと言ったら分かるんじゃないかな?どう?思い出した?
ゆみちゃんが中学2年の時にご両親の都合で引っ越ししてから、ずっと僕の心の中には君の面影ばかりを追う日々が続きました。
残念ながら中学のときに同じクラスになれなかったけれども、小学校の時には同じクラス、同じ班になったよね。修学旅行も一緒に行けたのが僕にはすごく誇りに思っているし、今でもその写真を大事に大事に机の一番奥にとっておいているんだ。
だからかなぁ。僕がゆみちゃんの姿を思い出す時、中学の頃のゆみちゃんではなく、小学校6年の時の、赤いランドセルの似合うゆみちゃんばかりをいまだに想像してしまうのは。

そのため僕は、いつも公園や学校の近くを通りかかる時に、遊んでいる子どもの中に、ゆみちゃんの面影をどうしても探してしまう痼疾を抱え込んでいるんだ。
そしてある日、僕の記憶の中にしか存在しないはずの、ゆみちゃんにそっくりの子どもが遊んでいるのを見つけたんだ。最初僕は慄然とした。僕の想像の堤防が決壊し、その津波がついに現を犯し、ありし日のゆみちゃんを僕の眼前に作り出してしまったのではないかと錯覚したからだった。
その子の顔立ちが他人の空似とは思えなかった。僕はその日から、何かが大きく変わっていくような、どこか宿命めいた予感がしたのだ。早鐘を打つ鼓動を必死に抑えながら、僕は公園のベンチに素知らぬ振りで座り、ブランコで遊んでいる彼女の横に置かれた肩掛けのバックに書かれた名札を、目を凝らして眺めた。そこにはなんと、君の苗字と同じ、「東尾」を認めたのだった。
ゆみちゃんの引っ越しを境に途切れてしまったと思っていた僕らの赤い糸が、二十数年という途方のない時間を超えて繋がっていたことに僕は感動した。きっと彼女は、ゆみちゃんの血縁か何かに違いないと。
その日の僕は興奮のあまりよく眠れずに、ひたすら毛布の中でゆみちゃんのことだけを考えた。それはまるで耳を塞いでいても、音ではなく風や匂いから外で雨の降るのがわかるように、ゆみちゃんという存在が今は近くにいなくても、僕には君がこの同じ街で生きていて、僕と同じように呼吸しているのが分かるような気がしたのだ。

そしてその予感はピッタリと合致した!ゆみちゃんが僕の部屋に訪ねて来たのだ!ヤマト運輸のドライバーとして、僕のアパートまで荷物を運んでくれていたよね!帽子とマスクで顔のほとんどが見えなかったけれど、恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。僕には実際に見えてなんかいなくても、なんだか全てが見えているような気がするんだ。ゆみちゃんの全てを知悉しているような気がする。だって、何年もの間、形而上の君という美を、僕はずっと温めてきていたんだ。そして今、それが愛という強固な鎖となって二人を再び結びつけることになるとは思わなかった!(ハレルヤ!)

僕は後に、仲の良かった当時のクラスメイトに聞いてみたら、実はゆみちゃんが地元に戻って来ていたことを聞いたよ。今ではシンママをしながら、ヤマトの配送センターで働いているんだよね?
42歳の厄払いの同窓会に僕は出席していなかったけれど、そこにもゆみちゃんが来ていたんだって?田代くんから聞いたよ!ゆみちゃんの初恋の人が僕だったって言ってたことをさ!
それなのにどうしてあの時、僕はゆみちゃんに気持ちを伝えられなかったんだろう?ずっとずっと、後悔している。昔も、そして今も。だから今こそ、書き始めるべきだと思ったんだ。僕という袋の中には、ゆみちゃんへの愛情ばかりがぎゅうぎゅうに詰まっているみたいに、心の底からゆみちゃんのことが好きなんだってことを。そしてそのありあまるLOVEをインク瓶に詰めて、このラブレターを、そしてこれからの二人の愛の物語を描き始めることを!(ハレルヤ!)

あぁ、もうすぐゆみちゃんが僕のものになるんだと思うと、僕は居ても立っても居られないよ。初恋が今になって叶うなんて、一体誰が予測出来ると思う?それでも僕は不安になって、お腹が空いているわけでもないのに、菓子パンやアイスを余分に食べてしまうクセが最近できてしまった。ゆみちゃんの知っている昔と比べると、僕は少し体重も増えたかも知れない…。でも大丈夫だよ!ゆみちゃんがデブは嫌だって言ったら、きちんと痩せられるよ!それにカナちゃんの面倒を見ながら、一緒に公園で運動したら良いしね!
3人での新しい生活の設計を立てて、ゆみちゃんとカナちゃんと3人で仲良く歩くところを想像するだけで、なんだか楽しくなるんだ。僕は今は働いていないから、もしゆみちゃんがこのまま働きたかったら、僕が主夫になれば良いし、もし働きたくないんだったら、僕これから頑張って仕事を探すよ!それに、LOVEさえあればお金なんて無くてもなんとかなるさ!

ゆみちゃん、僕は思うんだ。時間というのは有限だから、立ち止まってじっくり考える時間も大事かもしれないけれども、まるで道路に散り散りに落ちていく紅葉みたいに、僕らもある時期を境に、急に繋がりを無くしてバラバラになっていってしまうかも知れないんだ。中学の時、いつか告白しようと思っていたはずなのに、いつの間にかゆみちゃんは僕の目の前から消えてしまっていた。僕はそれをずっとずっと後悔していたんだ。君の気持ちも薄々知っていたはずなのに。
ねぇ。小学校の時に一緒に帰ったのを覚えているかな?近所の中華料理屋の前を通る時、ゆみちゃんは幸楽堂のしょうゆラーメン味玉トッピングが好きだっていっていたよね?
いつか一緒に行けたら良いねって言っていたのに、それからゆみちゃんと一緒に食べる機会は無くて、もう幸楽堂は潰れてしまって、そこにあるのはただのチェーン店の居酒屋だけになってしまったよ。
でもがっかりしないで!これからたくさん、新しい思い出を作っていけば良いんだよ。
ゆみちゃん、ああ、書けば書くほど恋しくなっていく。ゆみちゃん、ゆみちゃん、ゆみちゃん……………。
自分にとって美そのものがゆみちゃんだったんだ!この世の美しいものが僕に力を与えてくれていた。そして、その極北にいたのが、ゆみちゃんだったんだ!愛の仲介をする天使たちが、僕たちの周りをマイムマイムを踊りながら祝福しているのが見えるかい?
たしかにゆみちゃんにはきっと色んなことがあったんだと思う。どんな理由で夫を無くしたのかはわからないけれども、僕はゆみちゃんの全てを許すことが出来ると思う。それに、こう見えて僕は実は硬派だから、まだ母とゆみちゃんにしか女性と触れ合ったことがないんだ。だから、安心してほしいな。

まだまだ言葉に出来ない感情がたくさんあって、話したいこともたくさんあるし、そして僕の中のまだゆみちゃんにも開くことの出来ない、おにぎりみたいな秘密のゾーンが存在していて、それもこれから二人で仲を深めていくことで話すことが出来る気がするんだ。
これから待っている運命の逢着を、僕は楽しみにしています。電話待ってます。
電話番号 090ー〇〇〇〇ー〇〇〇〇

K.Kotaより LOVEをこめて」

この手紙には鉛筆で下書きを何度もしたような小汚い跡が見えた。こういった努力も、同級生である東尾佑美はきちんと優しい斟酌を加えてくれる人であったかどうか、僕の記憶は定かではないが、しかしそうであって欲しいなと思った。

君島康太は僕が用意した簡素なスツールにこじんまりと背を丸めて腰掛けている。しかしそれは決して寒いからではなく、彼には決定的に自信が欠如しているからであった。大きなガタイの割に声も態度も小さい彼が、愚直で生一本に打ち込んだと揣摩されるラブレターの校閲を、同級生であり且つ作家である僕に頼んだきたのだ。そして僕はこの文章に対して、確かに良いと感じられる部分もあるのだが、それ故に何か猟奇的な部分も感じざるを得ないことに僕はダメ出しするのが躊躇われたが、そこは心を鬼として伝えなければいけないな、と思っていた。
しかしながら、君島のような不器用にしか恋愛をすることが出来ない者たちには、恋心というものの在処が身体の中心ではなく、右や左のどこか一方のほうに偏在しているように思われた。そのため彼の書く文章の、こんなに美しいはずの内声を書き記した恋文すら、力の加減次第でただの手垢まみれの粘土屑に帰結するロクロ回しのようになってしまう。そしてその粘土屑になってしまった歪さの中に美しさを上手く見出すことの出来る人というのは、僕の知る限りでは中々類をみないものだった。それ以上に、彼らの真っ直ぐすぎる豪速球な純情すら、解釈を誤って何か違ったものに勘違いされかねない危惧すら感じてしまう、実に危うい文章であった。しかし…。
僕は考えに考えた末に、
「これで良いんじゃないかな?」
と、あえて背中を押すことにした。
彼がこのままの、ありのままの姿で好かれて恋愛が成就するのが一番良いことではあるし、もし失敗するにしても、その失策をイニシエーションとして彼の成長に大きく繋がってくれたら良いのだと思うことにしたのだ。いや、校正することがめんどくさくなった訳では断じてない。いや断じて。
「それにしても、どうしてゆみちゃんの住所が分かったんだ?誰から聞いた?」
と、僕は素朴に思ったことを口にした。
「いや、誰からも聞いていないよ。ただ、そのゆみちゃんの子供のバッグの底板の下に、GPSで追跡出来るデバイスを入れておいたんだ。それがゆみちゃんの家の住所を知らせたってわけ。」
それを聞いた僕は、手にしていた手紙を容赦なくビリビリに破いてしまったのだった。

おわり

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