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『行き止まりの遁走曲(フーガ)』(7人70分)


作 久野那美

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劇中歌 

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********** 
海の写真を撮る男(写真)
赤い靴の女(赤靴)
招かれたので来た男(招待男)
ギターを弾く男(ギター)
灯台守をしていた男(灯台守)
腕章の男(腕章)
唄うたい

《1》
夜明け前の海。

潮は満ちている。大潮の波が灯台の足下に寄せては返す。繰り返し、繰り返し…。
コンクリートの地面には古いベンチがいくつか。

カメラと寝袋を手に埠頭を渡ってくる人影がある、
埠頭の先にある灯台のふもとで立ち止まり、海を見る。三脚を組み立ててカメラを備える。
夜明けにはまだ早い。ねぶくろに潜り込み近くのベンチに横になる。

しばらく。

同じ道を、赤い靴を履いた女が旅行カバンを手に歩いてくる。埠頭に伸びる道をまっすぐ歩き、灯台のふもとで立ちどまる。灯台を見上げる。(ベンチの横に)鞄を置き、恐る恐る灯台の中へ。
ロビーは薄暗く。人の気配がない。
掲示板のところに小さな灯りがついている。
おいてあるノートを光にかざして読む。
しばらく。

灯台の上から階段を下りてくる足音。
赤靴の女は驚いて隠れる
灯台守が降りてる。手に段ボール箱を抱えて。
段ボール箱をその場に置き、扉を出ていく。
扉には、「屋台はこちら」の文字。
赤靴の女は気になって、そっと後をついていく。

  *

ほろ酔い加減の男(唄うたい)が歌いながら、ギターを手に港へやってくる。灯台を見上げる。

酔ってはいるが、地面に空いた穴を身軽に飛び越える。でもそこに穴らしきものはない。
ギターを下ろし、「ご自由にお使いください」
張り紙をしてそっと置く。立ち去りかけるが…
思いなおしてギターを持つ。静かに謳い始める…

腕章をつけた男が灯台にやってくる。
地面に空いた穴を見て、少し考えて飛び越える。
謳が終わる。
唄うたい、目を閉じて動かない。
波の音が聞こえる。

腕章  もうおしまいですか?
唄うたい (ひとさしゆびを口元にあて)
腕章   ?
唄うたい 時々耳をすまさないと。
腕章   ?
唄うたい  波の音が聞こえなくなる。
腕章   …。
唄うたい 波の音が聞こえなくなったら海の唄は歌えない。
腕章  海の唄…。

腕章  何がいけなかったんでしょう。
唄うたい …何をしたかったの?
腕章  美しい公園を創りたかったんです。
唄うたい ほお。
腕章   名もない町の名もない場所に名もない美しい公園を創りたかった。
唄うたい ほお。  
腕章   どこからも遠くにある日の当たらない行き止まりの場所を、拾い上げて、光をあてて、美しい公園にしたかった。 
唄うたい ほお。
腕章  美しい公園を創りたかったんです。
唄うたい ここは日当たりがいいからね。
腕章  いやそういう事じゃなくて。
唄うたい この町はこの町からは遠くないし。
腕章  そういう事ではなくて。
唄うたい この場所にこの場所にしかない名前があるし。
腕章  ですからそういう話ではなく。
唄うたい そういう話ではなく。あなたの創りたい公園の話。
腕章  そうです。

腕章の男なにか考えている

腕章  あの日も、潮が満ちてました。
唄うたい あの日は月も満ちてました。
腕章  波の静かな夜でした。あの日もあなたはここで歌っていました。
唄うたい 始まりのうたを。
腕章  今日はおしまいの歌を? あなたはいつも、なんのために歌うん(です?)
唄うたい 今夜は月がないね。
腕章  今夜も大潮です。潮は朝まで満ちています。 もうすぐ、夜が明けます。
灯台の明かりが海を照らす

腕章  灯台守を見ませんでした?
唄うたい そうそう。今日のフェスティバルにゲストを呼んでみました。
腕章  フェスティバル?ゲスト?
唄うたい 港公園最後の日のクロージングフェス。
腕章  なんですかそれ?聞いてないです。
唄うたい 言ってなかった?
腕章  そんなものをどこでやるんです?
唄うたい ここで。
腕章  ゲストってなんですか?
唄うたい 伝説のミュージシャン・ミスターX
腕章  そんなひとを呼んだんですか?
唄うたい はい。
腕章  あなたが?
唄うたい はい。
腕章  部外者が勝手なことをしないでください。
唄うたい だってここは公園でしょう。今日はまだ公園でしょう。公園に誰が誰を呼んだっていいじゃない。
腕章  いつもはそんなことしないじゃないですか。
唄うたい あなたが知らないだけかも。
腕章  え!?

唄うたい、無視して謳い始める。
腕章の男、仕方なく去る。腕章の男、仕方なく去る。

やがて唄うたいはギターをそこへ残して灯台の階段を上っていく。
水平線の向こうから白い光が差し込んでくる。

《2》午前8時。
コンクリートの埠頭。港のように見えるが、船の姿はない。
色あせたベンチに寝ている男が一人。
横に立てられた三脚にはカメラが備えられている。
灯台のバルコニーで唄うたいが謳っている。

たくさんの書類を抱えた男(灯台守)と赤い靴の女が灯台から出てくる。

灯台守、何かを飛び超える
それに合わせて唄うたいが太鼓を鳴らす。
灯台守は困惑している
その後も唄うたいは誰かがその場所を飛び越えるたびに太鼓を鳴らす。

赤靴 あの、灯台守ってあれですよね。
灯台守 そこ気を付けて下さい。大きい穴あります。
赤靴 大きい穴?はい…(そんな穴は見当たらない…が仕方なく飛び超えてみる。太鼓が鳴る)。あの、灯台守ってあれですよね。船が迷わないで港にたどりつけるように夜の海に灯りをともしたりする、そういう、あれですよね?
灯台守 そういうあれです。
赤靴 灯台守、私初見です。
灯台守 だいたいのひとはそう言います。
赤靴 ひとりでここにいるんですか?
灯台守 灯台守はあまり集団で仕事をしません。
赤靴 寂しくないですか?
灯台守 寂しいと思ったことはありません。
赤靴 つまり、あなたが船を港に導いてるんですね。
灯台守 いえそれは、ちょっと…
赤靴 そういうのはまた担当が違うんですか?
灯台守 いえ。ほんものの灯台守は、担当に関係なく船を安全に港に導くために働いていると思います。でも、僕はほんものの灯台守ではないので
赤靴 …あなたはほんものの灯台守では、ない?
灯台守 はい。僕はほんものの

赤い靴の女、持っていた書類の束を落とす。

灯台守 灯台守では、ないです。
赤靴 すいません。重大なことをさらっと言わせてしまって。
灯台守 いいんです。それにもう…
赤靴 (聞いていない)でも私は別にあなたが灯台守だからこれを運ぶのを手伝ったわけじゃないですから。
灯台守 分かってます。初対面の僕の仕事を手伝って頂いて…ありがとうございます。
赤靴 いえそんな。重そうに目の前を何度も往復されると私が落ち着かなかったので。
灯台守 遠くからついたばかりの方にすいません。
赤靴 !!
…なんで遠くからってわかるんですか?
灯台守 この町はどこからも遠くにあるので、ここへ来る人はみんな遠くから来ます。
赤靴 みんな?
灯台守 そこ気を付けて下さい。
赤靴 …
灯台守 大きい穴あります。

赤靴、「そこ」をもう一度見る。大きい穴は見当たらない。悩む。でも飛び越えてみる。
太鼓の音が鳴る。

赤靴 やっぱり気になります。
灯台守 え。
赤靴 本物ではないということは、つまりあなたはにせものの灯台守ですか?
灯台守 そうです。
赤靴 ほんものはどこにいるんですか?
灯台守 !! ……それは…僕には答えらえません。
赤靴 守秘義務とかそういう…?
灯台守 そういうのではないです。にせものの灯台守に義務はないし、そもそも灯台守が守るのは秘密ではありません。
赤靴 にせものの灯台守が灯台で何をしてるんですか?
灯台守 これはほんものの灯台ではないんです。
赤靴 え…
灯台守 そしてここはほんものの港ではないんです。
赤靴 え…こんなに…どこからどう見ても港なのに?
灯台守 公園なんです。どこからどう見ても港の形の公園。
赤靴 公園なんですか。公園で灯台守が…にせものの灯台守が…何をしてるんですか?
灯台守 僕は公園のスタッフなんです。アルバイトですけど。
赤靴 そして灯台守。つまりテーマパークのキャスト的な…?
灯台守 的な。でもスタッフは僕だけなので他にもいろいろやります。灯台守も、屋台も、清掃も、報告書も。今は灯台守。 
赤靴 でも船は導かない。
灯台守 この公園には船がないんです。
赤靴 え…じゃあここより向こうへは行(けないんですか?)
灯台守 このあたりに置いてもらえますか?(書類の束をどさりと海の近くに置く。)

灯台守 行くことができません。この町には海はありますが船はないんです。
赤靴 どうして船がないんですか?
灯台守 知りません。この町では、船が港に出入りするのは伝説の中だけです。
赤靴 伝説?
灯台守 伝説はたくさんあるんです。
赤靴 どうして?
灯台守 いろんなものが遠くからやってきてこの町に溜(た)まるから。
赤靴 ええ?
灯台守 人や、物や、文化や、噂や…
赤靴 どうして?
灯台守 この町は行き止まりの町なので、この町を通り過ぎて行くことはできません。ここへ来た以上は、ここに留(とど)まるかここから出ていくか、どちらかしかできない。
赤靴 留まるか、出ていくか…
灯台守 「ただすれ違う」ということができないんです。
赤靴 …
灯台守 この町へ来たものはこの町で出会ってこの町で混ざり合う。
赤靴 この町で出会ってこの町で混ざり合う。
灯台守 そうやって生まれたものがたくさん、あるんです。
赤靴 へえ。
灯台守 もともとはどんなだったのか、もう誰にも分からないものがたくさん、あるんです。
赤靴 …
灯台守 ほんとうなのか嘘なのか、嘘だとしたらどの部分が嘘なのか、もう誰にも分からない。そういうものをこの町では「伝説」と呼びます。
赤靴 船が港に出入りする伝説があるんですか?

灯台守 「いつかこの海の向こうの町から船がやってくる。ここは行き止まりではなく海の向こうの見えない町への出入り口になる。ここはほんものの港になる。その時のために、ここは港の形の公園で、にせものの灯台には灯りをともしておかなければいけない」そういう伝説です。
赤靴 だから灯台守?
灯台守 だから灯台守です。
赤靴 じゃあもし、その伝説のように海の向こうから船がやって来たら、あなたはほんものの灯台守になるんですか?
灯台守 ………そうなったらいいなあと思うようになりました。
赤靴 公園のスタッフなのに?
灯台守 ここにいると、公園のスタッフだということを忘れそうになります。公園のことも忘れそうになります。僕は実はほんとうにこの港で船を待っている。そうじゃないんだけど、でもほんとうはここで船を待っている。
赤靴 (なるほど)灯台守ですね。
灯台守 そうです。
赤靴 今はまだどこにもない船を導いてるんですね。
灯台守 あ。
赤靴  ずっと
灯台守 …ずっとそうしていたかったんですけど。
赤靴 けど?
灯台守 異動になるんです。
赤靴 え?
灯台守 別の公園に。
赤靴 ここはどうするんですか?
灯台守 この公園はなくなるんです。今日で終わりなんです。
赤靴 どうしてですか?船が来たんですか?
灯台守 船は来なかったんです。でもなくなるんです。僕のせいなんです。
赤靴 全然わからないです…
灯台守 すいません。手伝って頂いて。

灯台守、身をひるがえし、灯台の向こうへ去ろうとする

赤靴 あのこれ…(この書類の束はどうしたらいいですか?)
灯台守 そこに置いといてください。廃棄処分にするごみです。
赤靴 捨てるんですか?こんなに?
灯台守 もういらないので。
赤靴 ひきつぎとかは…
灯台守 引き継ぐものも引き継ぐ相手もいないので。
赤靴 …えっと…何の書類ですか?
灯台守 報告書です。
赤靴 報告書?!なんの報告書ですか?
灯台守 屋台の仕込みをします。(赤靴に背中を向ける)
赤靴 だってもう…
灯台守 (振り返る)今日はまだはじまったばかりです。
赤靴 …
灯台守 最後の仕込みです。

灯台守 (引き返してきて)灯台のロビーに観光案内とゲストノートがあります。トイレはそっち、屋台はあっちです。
お昼には開けられると思います。
(重要なことなのでしっかり伝えてから屋台の方へ去る)

赤靴はひとり残される。

赤靴 報告書?

灯台守が去ったのを確かめて、置いてあるノートを何冊か持ってくる。ぱらぱらめくる…
赤靴 …なんの報告書?

赤靴 「いつか海の向こうの町から船がやってくる。 ここはほんものの港になる。
ここは行き止まりではなくて
海の向こうの 見えない町への玄関になる。
伝説…。」

赤靴、ベンチに腰掛けて静かに報告書を読み続ける
唄うたいは謳っている

《3》
いつの間にか、男が一人、やってくる。灯台を見上げ…赤靴の女に気づいて横に立つ。

招待男 港公園ってここですか?
赤靴 わ。(ものすごく驚く)

手に持っていたバッグから何か零れ落ちる。
拳…銃…?

招待男 わ!
赤靴 すいません。わたし、驚きやすいんです。
招待男 いや…こちらこそ…
赤靴 あの。驚いたのは、私が人に見られたら困るようなことをしてたからではないですよ。
招待男 …人に見られたら困るようなことをしていたんではないんですね。
赤靴 これは廃棄処分にするごみです。
招待男 …
赤靴 ものを捨てる時は、捨ててはいけないものが混じってたりしないかを、捨てる前にたしかめないといけないんです。
招待男 …はあ。

赤靴は手に持っていたノートをベンチの上に置く。

赤靴 (態勢を立て直し)港公園は、ここです。
招待男 ここか…。
赤靴 気を付けて下さい。そこ、大きい穴あります。
招待男 え?(穴を捜している)

赤靴の女は慣れた様子で穴?を飛び越える。
太鼓の音が鳴る。

赤靴 港公園が、何か…?
招待男 (チラシを見る)灯台の麓…ということは会場は…ここ
赤靴 なんの会場ですか?何しにきたんですか?
招待男 この公園のクロージングフェスに招かれて。(チラシを渡す)
赤靴 クロージングフェス!?(手書きのチラシを受け取る)ずいぶん……自由なチラシですね。「伝説のミュージシャン ミスターXをゲストに迎え、港公園最後の時を灯台の麓で過ごします。」主語が分からないし。ん?招かれて?…という事は、つまり、あなたがミスターX?
招待男 いやあ…
赤靴 伝説のミュージシャン…?

招待男、さりげなくポーズを決める 

赤靴 気を付けてください・そこ、大きい穴あります。
招待男 …??
赤靴 クロージングフェスがあるんですか?ここで?
招待男 …でも会場っぽさがない。
赤靴  当日っぽさもないですね。
招待男 ……。関係者らしき人の姿も…見えない。
赤靴 …見えないですね。

唄うたいが合図をする。

招待男 え。(唄うたいに気づく)ああああ!

唄うたいは灯台の上から手を振っている

招待男 あの人!あの人…
赤靴 あの人ね、謳ってるんですよ。朝から。あそこで。
招待男 …なんで?
赤靴 分からないです。謳ってるんです。大丈夫ですよ。じきに気にならなくなります。

唄うたいは謳い続けている

招待男 …ずっとあそこにいるんですか?
赤靴 そのうち降りてくるんじゃないですか。トイレはあっちだし、屋台はあっちだし。

招待男、しぶしぶベンチに腰かける

赤靴 気を付けて下さい。大きい穴…

招待男 穴を飛び越える…
太鼓の音が鳴る

赤靴 …あります

招待男、赤靴に笑いかけてベンチに腰を下ろす 
赤靴も並んで座る

赤靴 ミュージシャンということは楽器を弾いたり歌ったりするんですか?
招待男 まあ。
赤靴 そしてあなたも伝説?
招待男 なんかそんなふうに言われてますよね。ん?あなた「も」?
赤靴 …あ。えっと、この行き止まりの…
招待男 ああ。ここで行き止まりなんですね。
赤靴 でも、船が…
招待男 ああ。船ね。船いいですね。あなたは船で(こちらこへ)?
赤靴 今朝ついたんです。でも船ではないです。
招待男 そうですか。
赤靴 あの。そのフェスって…

唄うたいは高らかに謳っている。 
招待男、そのリズムにハーモニカを乗せる
二人、海の端に座って話し込んでいる。
影が短くなっていく。

 《4》正午近く。
唄うたいは謳うのをやめ、灯台の上から降りてくる。屋台の方向へ消える。二人は唄うたいに気づかず、まだ話しこんでいる。

赤靴 逃避行?!
招待男 逃避行。理由はあるけど目的のない旅です。
赤靴 それは旅なんですか?
招待男 旅です。
赤靴 どこにも行けない旅ですね…
招待男 逃避行は、どこにでも行ける旅です
赤靴 …???どこにでも?
招待男 こことか。
赤靴 ! 私は別にここに来たかったわけじゃないです。ここで止まってしまっただけです。
招待男 用事もないのに行き止まりの町へ辿り着くこともできる。 
赤靴 …たどり着いた?私はここへ来たかったわけではないです。
招待男 だからそういってるんです。
赤靴 だってここは通り過ぎることができないんです。
招待男 だからそういってるんです。

招待男、灯台の上に唄うたいの姿が見えないことに気づく。

招待男 あれ?(立ち上がる)あの人は?
赤靴 なんですか?
招待男 どこ行ったんですか?
赤靴 え?
招待男 あれ??えええ?
赤靴 あれ?いつのまに…?
招待男 ちょっと。ちょっと行ってきます。
赤靴 え?どこへ?

招待男 (大きい穴を飛び越えて振り返り)きっと戻ってきます。
赤靴 えええ????

赤靴、招待男を見送る。
しばらく呆然としている、

と。後ろから今度は歌声が聞こえてくる。
びっくりして振り返ると、ベンチで寝ていた男(海の写真を撮る男)が唄っている。何故?

赤靴 誰ですか?
写真 名乗るほどのものでは…
赤靴 突然どこから現れたんですか?
写真 ずっとここにいたんです。
赤靴 嘘。
写真 嘘じゃない。
赤靴 だって…ずっとって…いつから…??全然、気付かなかったです。
写真 ………ですね。
赤靴 たぶんみんな。
写真 ですよね。突然話に割り込むのもどうかと思って様子をうかがっていました。
 
写真、赤靴に近づこうとする

赤靴 気を付けて下さい。大きい穴あります。
写真 え…(足元を見る。穴って何?)
赤靴 盗み聞きしてたんですか!?
写真 いや先にいたのはこっちだし。
赤靴 …だから、いつから(いたんですか?)

写真の男、カメラや荷物を指して

写真 ほら。ずっとここにいた感。
赤靴 うーん。(ふに落ちない)ずっといたのにどうして今突然歌うんですか?
写真 え。
赤靴 歌ってたでしょ。
写真 だってミスターXですよ。
赤靴 ミスターX
写真 さっきの人。ミスターXなんですよね?
赤靴 らしいですね。
写真 だから!
赤靴 だから?
写真 だから、ミスターXと言えば、
赤靴 …
写真 ミスターXといえばこの歌でしょう。
赤靴 すいません。ミスターXを知らないので。
写真 あのひとミスターXじゃないんですか?
赤靴 分かりません。ミスターXを知らないので…
写真 ええええ!?ミスターXを、知らない?
赤靴 有名なんですか?
写真 伝説っていわれてるくらいですよ。
赤靴 でもどこにでもいそうな名前じゃないですか?特別感ないですよ。
写真 そういうところがむしろ伝説っぽいじゃないですか。
赤靴 そういうもんですか。
写真 まあ…僕もそんなによく知ってるわけじゃないですけど。
赤靴 そうなんですか?有名なのに?
写真 あなただって知らなかったじゃないですか。
赤靴 私は有名だってこともしらなかったんですからあなたとは条件が違います。
写真 いやだって、あの人顔出さないし、CDとか出さないし、謎多いんですよ。
赤靴 じゃああなたなんで知ってるんですか?というか、何を知ってるんですか?
写真 噂。
赤靴 噂。
写真 昔の知り合いが…ミスターXの熱狂的なファンで、この歌よく歌ってたんです。
赤靴 昔の知り合いね…(すべてを見透かしたような顔で)
写真 なんですか?
赤靴 いいえ。べつに。
写真 だからこの歌と名前だけ知ってるんです。みんなそうでしょう?
赤靴 すごくよく知ってるかのように言いませんでした?
写真 だから歌と噂は。
赤靴 それ以外は?
写真 それで十分じゃないですか。みんなそうでしょう?伝説についてみんなが知ってるのはみんなが知ってることだけです。
赤靴 ふーん
写真 そんな伝説のヒーローに実際に会ったら、そりゃあ誰だってわくわくするでしょう。
赤靴 そういうもんですかね?
写真 わ!なんだ?なんでこんなところに?(いるんだろう)…とか。
赤靴 クロージングフェスです。この公園の。
写真 この公園?
赤靴 ここ公園なんですよ。
写真 いやどっからどう見ても港ですけど?
赤靴 どっからどうみても港の形の、公園。
写真 えじゃあにせものの港ってこと?この灯台も?えええ?
赤靴 そこ気を付けて下さい。大きい穴あります。海の向こうから船が来たら、ほんものの港になるはずだったんです。
写真 じゃあ船が来たからクロージングフェス?
赤靴 それがどうもそうでもないみたいで…
写真 全然わからない。あなたここのひとですか?
赤靴 違います。
写真 詳しいですよね。 
赤靴 灯台守のひとに聞いたんです。
写真 灯台守がいるんですか?灯台に?(自分の妄想にわくわくしている)
赤靴 灯台には今いません。屋台の準備をしてます。
写真 なんで?
赤靴 スタッフが足りないんです。だからつぶれるんですかね?
写真 つぶれるの?
赤靴 だからクロージングフェスです。灯台守のせいです。それ以上はわかりません。どうしてなのかもわかりません。私も今朝会ったばかりだし。
写真 え。
赤靴 私この町初めてなので。
写真 僕も。

唄うたいがタコ焼きを持って屋台から戻ってくる
タコ焼き屋台だったのか…。そして再び灯台の上に。

赤靴 クロージングフェスに来たんですか?
写真 違います。ここまでの話の流れから絶対違うでしょう?
赤靴 じゃああなたはいったいここで何を?
写真 見てわかりませんか?(三脚を示す)
赤靴 写真を撮っていた。
写真 正確には、撮る前に寝てしまった。
赤靴 …盗み撮り?
写真 こんなふうに三脚をたてて盗み撮りはしない。
赤靴 正々堂々と、何の写真をとってたんですか?
写真 海の写真です。海と港の写真。
赤靴 海と港の写真。
赤靴 あなたもここで止まってしまったんですか?それで海の写真を撮ってたんですか?
写真 (何を言ってるんですか?)僕は海岸線をずっと歩いてきたんです。海の写真をとるために。
赤靴 海岸線を歩いてきた
写真 はい。
赤靴 つまりあっちから来たんですか?
写真 あっちから来ました。そしてあっちへ行こうとしています。
赤靴 あ
写真 なんですか?
赤靴 海岸線を歩いてきたら、ここは行き止まりじゃないんですね。
写真 え?
赤靴 つまりあなたはここで止まったんですね・ここで止まってしまったのではなく。
写真 は?
赤靴 この町は、行き止まりの町です。通り過ぎることができないんです。そして私はここへたどりついたんです。
写真 ああ…
赤靴 写真に写ったら同じなんでしょうか。港も、港公園も。

腕章 をつけた男が灯台の中へ入り、慌てて出てくる。大きい穴をみつけて苦い顔をする。そして飛び越えていく。赤靴は驚く。

腕章 、ベンチの周辺を捜しまわる。
赤靴のバッグも点検する。中から拳銃が出てくるが、それには興味がない。
港の片隅にある書類の束を見て、

腕章  あ、
写真・赤靴 (腕章の男を注視する)
腕章  あの。
写真 はい。
腕章  ここで不審な人物を見ませんでした?えっとその、どこへ行ったかわかりませんか?(とても慌てている)
写真・赤靴 不審な人物?
腕章  急いでいるんです
写真 さっきから灯台の上で唄ってるひとがいます
腕章   ああ。あれは。
写真  あれは?
腕章  あれはいいんです。違います。
あの人は歌うんです。公園で歌うんですよ。(あたりまえのことを聞くなという感じ)
写真 公園で歌うんですか?なんのために?
腕章  知りません。(無視して赤靴の女に)あなた見かけませんでした?あの…こういう…灯台守の…
赤靴 灯台守!
腕章  会ったんですね。
赤靴 たまたま。朝。ちょっと。これを…えっと
腕章  何を話したんです?
写真 あ!そこ、大きい穴(腕章も赤靴も普通に穴を飛び越えている。太鼓の音が鳴る)
赤靴 別に。特に。アルバイトで、港が…船が…伝説で…でも公園が閉鎖されるって
腕章  ああ。なんて口の軽い。
写真 秘密だったんですか?
腕章  (にらむ)特に秘密にしてるわけではないですが、わりと繊細な問題なので。
赤靴 この町には伝説が多いって…
腕章  そんなことまで。
写真 それも
腕章  別に秘密ではありません。あなたもご存知のように。
写真 いや…僕はこの町はじめてなんで。
腕章  そうなんですか。なんで今日はこんなに…(驚く) もしかして、今日のゲストというのは…?(写真の男を見ている)
写真 !!(慌てる) 僕はミスターXじゃないです!違います。僕は写真を撮りに来たんです。
腕章  あのひとはカメラマンまで手配したんですか?
写真 違います。僕は関係ないです。フェスとかクロージングとか知らないです。偶然です。
腕章  この町は、どこの町からも遠いので、他の町とあまり交流がありません。
赤靴 らしいですね。
写真 ?!
腕章  訪れる人より出ていく人の方が多い。
赤靴 でも、人やモノや伝説がいろんな町からやってくるって灯台守さんが
腕章  この寒い中こんなところでどれだけ話し込んでたんです?
赤靴 それを運び出す間だけです。
腕章  (紙の束を見ている)あなたがやったんですか?!
赤靴 私は偶然通りかかって、手伝っただけです。
腕章  この町では偶然は大事な要素です。
写真 …
腕章  予告なく脈絡なく少しずついろんなものが持ち込まれて、偶然持ち込まれたタイミングで脈絡なく調合されます。オリジナルが何なのかわからない物もある。そうやって生まれた物語が沢山、あるんです。
赤靴 伝説?
腕章  伝説です。ほんとうなのか嘘なのか誰も確かめることができないし、確かめても意味がない。 
赤靴 予告なく脈絡なく少しずついろんなものが持ち込まれるのはどうして?
腕章  予告なく脈絡なくいろんな人がやって来るからです。行き止まりの町には行き止まりの町を求める人がきます。自分の町を離れて新しい土地で生きなおしたい人、とにかく遠くまで、行けるところまで行ってみたいひと…
赤靴 …!
腕章  えっとなんの話でしたっけ?
写真 クロージングフェス。…ミスターXの…
腕章  ああ・そうでした。つまり、あなたは、ミスターXではない。ではあなたがたはここで何を?
写真 あなた方って言われても…僕たちは別に…。
腕章  特に具体的な関係について説明してもらわなくても構いません。
写真 具体的に説明できるような関係では…
赤靴 抽象的に説明できるような関係でも…
写真 それよりあなたは?

腕章  ああ。失礼いたしました。私は、公園倫理委員会の者です。
写真・赤靴 公園?倫理?委員会?
腕章   はい。公園を創り出し、調整し、世の中に紹介し残していく……そういう方面の責任者です。
写真  ひとりで?
腕章   ひとりではありません。私は委員長なんです。
写真  委員会。
赤靴  委員長。
腕章  はい。
写真 つまり、他にも大勢いるんですね。
腕章   もちろんです。公園はひとりでつくるものではありません。
赤靴 そして、あなたがいちばん偉いんですか?
腕章   偉いのかどうかはわかりませんが、私が責任者です。
写真 公園の何に責任をとるんです?
腕章  (きっとにらむ)すべてです。
赤靴 それで…その委員会は何をしているんですか?
腕章   公園とひとくちに言っても、いろいろ難しい問題があるんですよ。
写真  設計とか、予算とかですか?
腕章   まあそういうのもありますけど。
写真  ?
腕章  もっと本質的な問題は、どこを公園にするべきか。どのような公園にするべきか。どのような公園として人々に公開するべきか、そしてどのような公園であり続けるべきか、ということです。
   
ふたり、よくわからない。

腕章  公園には人が集います。そこが公園だからです。
赤靴 はい。
腕章  公園には人がやってきます。そこが他の場所ではないからです。
写真 はい。
腕章  人々は公園にやってくる。ひとりで。あるいは友人と。誰かと約束して。あるいは何の予定もなく。目的がはっきりしている場所なら、私たちは目的を考えて場所を選ぶことができます。けれども、公園は違う。公園だから、という理由で、そこへでかけていくのです。人々は公園に対して、とても無防備なのです。あるべき公園のあり方を日々模索し、美しい公園のあり方とその正しい利用の仕方について考える。それが私たち公園倫理委員会の仕事です。
赤靴 …正しい公園って、どんな公園ですか?
腕章  正しい公園ではありません。美しい公園です。
赤靴 すいません・・・・・・その、「美しい公園」って・・・
腕章 魅力的で、かけがえのない存在であり、そこで過ごす時間に新しい意味を与えてくれる公園です。
誰もが知っている場所である必要はありません。誰も知らない名もないささやかな場所であっても、そこにほんとうの美しさを見出し、光をあてることはできるのです。いえ、誰も知らない名もないささやかな場所こそ、見出され光を当てられるべきなのです。新しい場所を採択し、経過を丁寧に観察し、時には方向を修正し、実験を試み、結果を記録して、よりよい公園の可能性を模索していくことが私たちの仕事なのです。より美しい公園を、私達は見出し、世の中に残していかなければなりません。
写真 どうやって?
腕章 それぞれの公園には担当の調査員がいます。
腕章 どうして、人々はここへ来るのか。何をしに来るのか。何故、ここが公園である必要があるのか。ここはどういう公園なのか。どういう、意味のある公園なのか。
写真 でも言葉で正確に記録できないことだってあるでしょう。
腕章  あるでしょう。でも、公園の数は決められているんです。わたしたちは、記録されなかったものの中から選ぶことはできないんです。
写真   …。
腕章  記録してもらわないと。記録したものを提出してもらわないと、困るんです。

写真 でも、なくなるんですよね。ここ。
腕章   …。
赤靴 灯台守の人のせいなんですか?
腕章  なぜ?
赤靴 ご本人が…
腕章  そう言ってましたか?
赤靴 言ってました。
腕章  (苦難の溜息)
赤靴 あのひとが記録していたんですか?この公園を。つまりあのひともその委員会の人なんですか?
腕章  それが彼の仕事なんです。
赤靴 報告書。(灯台守の置いて行ったノートの束を指す)
腕章  報告書です。
赤靴 港公園の、報告書…。
写真 灯台守!!
赤靴 灯台守はアルバイトです。でもその報告書がどうしてここに?
腕章  彼がそれを提出しなかったからです。
赤靴 どうしてですか?公園がなくなるからですか?
  
唄うたいが灯台の上で謳っている。いい感じに酒が入ってきたのかだんだん声が大きくなる。話ができない…

赤靴  あのひとは何の唄を歌ってるんですか?
腕章  歌を聞いてわからないのにタイトルを聞いてわかるんですか?
赤靴 え…
腕章  それは何がわかったんですか?
赤靴 …
腕章  新しい公園ができると彼は必ずやってきて歌うんです。
写真  公園、全部にですか?
腕章   全部にです。
赤靴  大変な数なんじゃ…
腕章   必要な公園の数は決まっています。どこかでひとつ新しい公園が増えると必ずどこかでひとつ、公園がなくなるんです。
写真  あなた方がこの公園を終わらせるんですか?
腕章   公園をはじめたりおわらせたりするのが私たちの仕事なんです。
赤靴  あの人もその委員会の人なんですか?
腕章  彼は違います
赤靴 どうして歌うんですか?
腕章  知りません。歌うんです。彼は歌うんです。公園のはじまりとおわりに。必ずやってきて歌うんですよ…。

赤靴の女はなにか考え込んでいる。

腕章  ずいぶん長居しました。で灯台守はどこへったんです?
赤靴 屋台の準備をするって言ってました。クロージングフェスがあるんですよね?今日ここで。
あのひとはその準備をしてるんですか?
腕章  クロージングフェスがある事を、彼はまだ知らないんです。
赤靴 サプライズなんですか?
腕章  違います。いろいろと行き違いがありまして。
赤靴 あ!

二人、驚く。

腕章  なんですか?
赤靴 つまりあなたがイベントの関係者なんですか?
腕章  関係者…といえば関係者なんですかね…
赤靴・写真 ミスターXが探してましたよ。
腕章  ミスターXに会ったんですか?どこで?いつ?彼はもう来てるんですか?
赤靴 お昼前に。ここで。
腕章  それで今は?
赤靴 今はここにはいません。でもきっと戻ってきます。
腕章  なぜ?
赤靴・写真 ご本人が
赤靴 そう言ってました。

紙の束を横目で見て、腕章 の男はもと来た道を立ち去る。
唄うたいは謳っている。
写真の男は何か考え込んでいる。

赤靴  立派な腕章をつけてましたね。
写真  …
赤靴 あれは…その委員会のひとたち全員がつけてるんでしょうか。それとも、あの人が委員長だから?ねえ。
写真  え?あ。さあ…。
赤靴 どうしたんですか?
写真 灯台守は報告書を出さなかった。
赤靴 朝から片付けてましたよ。あれ。(紙束を指す)。あとは捨てるだけだって。
写真 こんなに書いたのに、提出しなかった。
赤靴 こんなに書いたのに。
写真 …
赤靴 どうしたんですか?
写真 公園の報告書には、何を書くんでしょう。
赤靴 あなたも書くんですか?
写真 書きません。気になっただけです。
赤靴 美しい公園の、記録?その公園のいいところじゃないですか?どんな魅力があって、どんな風に美しいのか。
写真 ここはどんな風に美しかったんでしょう。
赤靴 美しい公園だと思いますよ。
写真 だからどんなふうに?
赤靴 どんなふうって言われても…美しいと思うからあなたも写真を撮るんでしょう?

写真の男、何か考えている

写真 たとえば。この海を撮りたいっていう海の風景が自分の中にある。とする。
赤靴 …なんの…たとえですか?
写真 (無視して続ける)ずっと自分の中にあって、でも自分の中にあるものは写真に写せないから外へ捜しに行く。とする
赤靴 あるんだったら撮らなくていいじゃないですか。
写真 (無視して続ける)それを撮りたくて写真を撮る。とする。
赤靴 どこで?
写真 わからない。こんな風な海と港のある風景です。
赤靴 ここは違うんですか?
写真 「ああ。ここだ」
赤靴 (うんうん)
写真 って思って写真を撮る。
赤靴 (うんうん)
写真 撮った瞬間にわかる。
赤靴 (うんうん)
写真 あー違った。ここじゃない。
赤靴 ん?
写真 また海沿いを歩く。歩けば歩くほどどんどん、遠ざかっていく気がする。
赤靴 …
写真 どんどん遠ざかる。歩き続けた道で別の海に会う。海の風景はいくらでもある。
赤靴 ……
写真 だんだん、「この」海はどこにもないんじゃないかと思えてくる。似たような風景ばかり続く。うんざりする。それでも、何度も会う。びっくりするほど美しい海に会う。ああここだ。って思って写真を撮る。
赤靴 …撮った瞬間に…わかる?
写真 …あーちがったここじゃない
赤靴 …
写真 そうやって撮った写真がとても美しく見える。うわこれだ。と思う。
赤靴 え?
写真 探していたのはほんとうはこっちだったんじゃないか。と思う。
赤靴  え?
写真 だから、自分の中にあるこれは、もういいじゃないか、と思う。そして、とりかえしのつかない気持ちになる。
そして、また、歩く。
赤靴 海岸線を?
写真 海岸線を。
赤靴 なんの話をしてるんですか?

唄うたいは謳っている。

写真 どこへ逃げても出発点は変わらない。目的地のない旅はいいです。
赤靴 やっぱり盗み聞き聞き(してたんですね)!
写真 目的地に気を取られると、自分がどこから出発したのかを忘れそうになるんですよ。どこから出発したのかわからなくなると、ここがどこなのかわからなくなる。
赤靴 …?誰の話をしてるんですか?

写真 港の写真と港公園の写真はおなじじゃないですよ。きっと。
赤靴 はい?
写真 おなかすきませんか?
赤靴 は?えっと…
写真 昼ごはん。昼ごはん食べませんか。もうそんな時間です。ほらさっき、屋台があるって…
赤靴 屋台はあっちに…。
写真 とりとめなく次から次へいろいろ起こるから、何が何の何なんだかわからなくなってくるんです。とりあえず時間を区切りましょう。昼ごはんを食べればそれまでが朝。そこからは昼です。
赤靴 そこまでが朝、そこからが昼。でも、なんの屋台なんでしょう。
写真 それは聞いてないんですか?あんなにいろいろ聞いてるのに?
赤靴 とりとめなく次から次へと現れてきて次から次へいろいろ喋るのに、そんなことまで聞けませんよ。
写真 とりあえず行ってみましょう。行きましょう。
赤靴 え…!(旅行カバンを手に取る。)

二人、屋台の方へ去る


《5》午後
招待男が灯台から出てくる。
思いつめたような顔で、ひとりの男(ギターを弾く男)がやってくる。
手書きのチラシを持っている。ミスターXの手にしていたのと同じ、クロージングフェスのチラシだ。
あたりを見回す。

灯台の周りには人の気配がない。ドラム缶の周りには不用品の山…。楽器もいくつか放置されている。
クロージングフェスは終わったのか?
それとも、それもまた嘘だったのか…?
やりきれない気持ちで、ベンチに置き忘れられたノートを拾う。ぱらぱらめくってみる。
ギター(ぶつぶつ読み上げる)伝説。でも今は公園 港の形の公園
僕は毎日、にせものの灯りをともす。

いたたまれない気持ちでノートを放り出す
ふと、ごみの山の中にあるギターに気づく。
「ご自由にお使いください」の張り紙。
え…でも気になって手に取ってしまう。
チューイングもあっている…なんだこれは…
空を見上げる。カモメの鳴くこの風景を、そういえば昔よくここでよく見ていた…
ギター !!

ギター男は思わずベンチに座り込み、ギターをつま弾き始める。ノートを時々眺め、ギターを鳴らしている。唄うたいがそれに合わせて拍子をとるがギターの男は気づかない。
しばらく。招待男もとなりのベンチに座って音楽を聴いている。

やがてまた腕章 の男がやってくる。
ギターを弾く男を見つけて…

腕章  もしかして、伝説のミュージシャン・ミスターXというのは…

招待男 …私ですが(横から答える)。
腕章 ・ギター え!?

腕章  ああ。貴方ですか。いろいろ不手際がありましてお迎えもできずすみません。
招待男 いえいえ。急に決まったんで。非公式に。
腕章  遠いところをようこそ。
招待男 なんで遠くからってわかるんです?
腕章  ここを訪れる人はみんな遠くから来ますから。
招待男 はあ…。
腕章  で今日は、その、どういう経緯でお招きしたんでしょうか?
招待男 僕の今住んでいる町に新しい公園ができました。広くて、人も少なくて、音を出すのにちょうどいいものですから…
腕章  ああ。あの公園ですね。
招待男 え知ってるんですか?
腕章  もちろんです。あそこを公園にしたのは私ですから。
招待男 そうなんですか!?行ったら先客がいまして。
腕章  ああ。歌ってましたか。
招待男 (唄うたいを見る)はい。
腕章  (唄うたいを見る)
招待男 (唄うたいがいるのに気づく)え?あれ??
腕章  そうなんです。歌うんです彼は。公園のはじまりの日とおしまいの日に必ずやってきて歌うんです。
招待男 ああ。(なんで…?さっきはいなかったのに…)この公園は、どうしてなくなるんですか?
腕章  公園の数は決まっています。どこからひとつ公園ができるとどこかでひとつなくなるんです。
招待男 え?じゃあ…
腕章  あなたが気にすることではないです。
招待男 でも…
腕章  彼はなぜあなたをここへ招いたんでしょう。
招待男 (唄うたいを見る)来ればわかると言われました。僕もちょっと興味があったんで
腕章  クロージングフェスって…何を考えてるんだか。
招待男 誰がですか?
腕章  あそこで歌ってる人ですよ。

唄うたいが合図をする。 
招待男、再び唄うたいの所へ行こうとする…が、

ギター あの!!(駆け寄ろうとする)
招待男 …そこ、気をつけて下さい。大きい穴あります。
ギター (よくわからないながらに…)はい!(穴?を飛び越え、招待男に駆け寄る)
ミスターⅩ!!
招待男 え?はい

ギターの男、招待男をまっすぐ見据え、

ギター あなたがほんもののミスターX?
招待男 えっと
ギター やっぱりあいつはにせものだった…(腕章に)
腕章・招待男 え?

ギター (招待男を見据えて)僕はずっとあなたに会いたかったんです。 
招待男 え?
ギター 伝説のミュージシャン ミスターXに、会いたかったんです。まさか、まさかこんなところで…
腕章 伝説ね。伝説…伝説。伝説…伝説
ギター 伝説はどうでもいいんです。誰ですあなた?

招待男も腕章を見ている。そういえば、誰なんだ?

腕章  …私は、公園倫理委員会の者です。この<伝説の>港公園の…
ギター 他の伝説には興味ありません。僕にとって問題なのは伝説のミュージシャン、ミスターX。
腕章  あなたも遠くからこのフェスに?
ギター 僕は………………この町で育ったんです。
腕章  …ん?(答になってない)
ギター (招待男を指して)あの人の存在が僕の人生を変えたんです!
腕章  あなたがたは…お知り合い…?

招待男、首を振る

ギター だったらよかったんですけど。違います。

招待男、うなづく

ギター ほんもののあの人に会ったのは今日が初めてです
腕章  つまりあなたはあの人のニセモノと面識があるんですか?
ギター …。
腕章  ?
ギター 僕は昔…あの人のニモノに音楽を教わったんです。
招待男 え…
腕章  ほお
ギター 彼がやってくるまでこの町にはこんな風に音楽を演奏する習慣がありませんでした。
腕章  こんな風に?
招待男 …
ギター (無視して腕章に)あの人のニセモノが、この町に音楽を持ちこんだんです。
腕章・招待男 …
ギター …衝撃的でした。
腕章・招待男 ?
ギター 彼が持ってきた楽譜も、楽器も、歌も、曲も、この町にはないものでした。だからそれがこの町の音楽の古典になりました。そして他のものと混ざり合って今この町にある音楽が生まれました。音楽も、ミスターXも、僕には輝いて見えました。だから音楽を始めました。でも、気づいてしまったんです。
腕章  なにに気づいたんです?
ギター 夢中になって練習しているうちに、僕も少しずつ音楽に近づいていきました。
昨日わからなかったことが今日は分かる。昨日できなかったことが今日はできる。そんなことを繰り返していて、ある日、突然、予告もなしに昨日と違う今日がやって来た。
腕章  (どんな今日が?)
ギター ミスターXの音楽が、それまでのように聞こえなくなった。
腕章 ・招待男 え?
ギター ミスターⅩが変わったんじゃない。僕が気づいてしまったんです。
腕章  (だから)何に気づいたんです?
ギター:自分が世界でいちばん美しいと思っていたものを美しいと思えなくなってしまう気持ちがわかりますか?
腕章  えええ?
ギター 遠くからそっと見て少しでも近づきたい知りたいわかりたいと思ってたものが、薄っぺらい偽物にしか見えなくなる気持ちがわかりますか?
腕章  (えええ?)
ギター つい昨日まで何よりも特別だと思ってたものが、一気にメッキが剥げたみたいに色あせて。
なんだこれ。今まで自分は何を見てたんだ?そのショックがわかりますか?
腕章  (だから…)
ギター 美しかった旋律が自分だったら絶対にそんな風には演奏しないと思うほど陳腐に聞こえてきたときの絶望がわかりますか?
腕章  (いや、だから…)
ギター 僕を絶望から救ってくれたのは絶望している自分の演奏でした。
腕章 ・招待男 (え?)
ギター 自分を通して生まれてくるその新しい音楽は、色あせた古い音楽とは全く違ってて、わくわくして、最初に音楽に出会った時のようにドキドキして。
招待男 へえ。よかったじゃん
ギター なにがいいんですか。僕は騙されたんです。裏切られたんです。
自分はいったいどうして、あんなうすっぺらなものを素晴らしいと思ったり、酔いしれたり、目指したり、支えられたりしてきたのか。
彼の演奏を聞くのがどんどん辛くなりました。
聞いてももうなにもわくわくしない。
そこには僕の知ってることしかない。僕に足りない物、新しいものがひとつもない。それはもう音楽じゃなかったです。
僕は音楽をやりたかった。
僕が初めて音楽を聴いた時のように、誰かに僕の演奏を聞いてほしかった。
僕自身が僕の知らない音楽に驚きたかった。
もうにせものは嫌だった。ほんとうの音楽に会いたかった。だから、僕はこの町を出ていきました。
招待男 (いやいや…君今ここにいるじゃない。)
ギター ?
招待男 「自分はニセモノだ」って、その人が言った?
ギター いいえ。彼は何も言いません。ただ、演奏して、ただ歌っていただけです。ずっと同じように。
招待男 今は?
ギター 僕がこの町を出た後、いつの間にか姿を消したそうです。
招待男 …
ギター 公園のフェスのチラシを見たんです。(チラシを見せる)

腕章、チラシに反応する 

ギター あいつが戻ってきたのかと思いました。
招待男 …
ギター そうでないなら、現れるのは今度こそほんもののミスターX?
腕章  (ギターの男の手からチラシを奪い取る)
こんなチラシを誰がいつの間に創ったんです?
ギター 町のあちこちに貼ってありますよ。でも、この町ではもう誰もこの名前に反応しない。
腕章  いやあの人は単なるゲストです。これは「公園のフェスの」お知らせです。
ギター 公園のフェスにはもっと誰も反応しません。
腕章  …
招待男 なるほどね~。
腕章  え?
招待男 そういう事か。(唄うたいの方を見る)
ギター なんですか?
腕章  なんですか?
唄うたい(なんですか?)
招待男 つまり、ミスターXを名乗るミュージシャンが、昔、この町にいた。彼は、君のヒーローだった。でも彼はにせもので、それに気づいた君は、自力で自分の音楽を手に入れて、代わりにヒーローと原点を失った。
ギター でも違った。ほんもののヒーローはあなただった。彼は嘘をついていて、僕は騙されていた。
招待男 君はニセモノの本質が分かってない。
腕章 ・ギター …??
ギター なんですかそれ。そんなもの分かりたくないです。
招待男 ニセモノは、誰かのヒーローになるために生きてるんだよ。
ギター ?
招待男 ほんものは、ただ生きてればいい。自分らしく生きることが自分の意味だから。でもニセモノはそうはいかない。自分とほんものとの距離をいつも計りながら生きてる。そうでないと、自分がなんのニセモノなのかわからなくなるから。
わからなくなったらニセモノは自分の意味を見失ってしまうから。ただ生きていればいいほんものとは、人生の複雑さが違う。
腕章  人生の複雑さ…?!
招待男 その代わり、ニセモノは自分の目指す方向を見失ったりしない。ほんものが自分を見失っても、ニセモノは決して自分を見失わない。自分がほんとうはどうあるべきなのか、についてだけは誰よりもよく知っている。
それがニセモノとして生きるということだ。
腕章・ギター ニセモノとして生きるということ…
招待男 君は、ほんもののXに会うことで自分のルーツを修復したいと思ってる。
ギター ?
招待男 でもそれは無理だと思う。
ギター なんで無理なんです?
招待男 君は知らないかもしれないけど、ミスターXのにせものは世界中にいるんだ。
ギター・腕章  え?
招待男 ほんものは一人だけど、にせものは何人いてもいい。
腕章  たしかに…。
招待男 ミスターXはあらゆる演奏家のヒーローだから、演奏家はみんな彼に憧れる。彼みたいになりたいと思う。でもそうはいかない。だから諦める。そして心の中にそっと自分のためのほんもののXを飼うようになる。そしてそれを自分のヒーローにする。そして自分の進む先の道しるべにする。
ギター なんの話ですか?
招待男 自分の心の中のXと自分の距離に目を凝らして進む。音楽を続けていくために。
自分と心の中のヒーローと自分との違いに耐えられない者は、嘘でもいいから自分がそのヒーローに成り代わりたいと思うようになる。それがニセモノだ。ニセモノにとって、心に飼っているほんものは自分の理想そのものなんだ。
ギター …
招待男 世界中にたくさんいるにせもののミスターXは、君が思ってるより成功している。
腕章  …!
ギター 意味わかりません。にせものでしょう?にせものなんでしょう?にせものなのにどうして!
招待男 演奏家の少ない町や優秀な演奏家のいないところで活動すれば、運が良ければ成功する。ほんものより立ち位置がぶれないから指導力があったりする。優秀な演奏家を育てることもある。ほんものの自分を全否定してまでして理想の音楽を求める姿勢は演奏に現れるかもしれない。だから人の心を動かすこともある。
ギター え?え?え?
腕章  なるほど。
ギター (腕章をにらむ)なんですかひとごとだと思って。そんなバカなことがほんとうにあるはずがない。
招待男 世界が狭いね。
ギター なんですか!せっかく本物のミスターXに会えたのに、なんで僕はにせものの本質について説明されているんです?なんでそんなことがあなたにわかるんですか?
招待男 分かるんだよ。ニセモノだから。

ギター・腕章・物陰に隠れていた灯台守と写真の男と赤靴の女  え?!

ギター え?!どういうことですか?あなたはほんもののミスターXじゃない?
招待男 ふふふ。
ギター ほんとうににせものなんですか?
招待男 ほんとうのニセモノだ。
ギター いつから?
腕章  途中からにせものになるのは難しい。
招待男 そう。難しい。
ギター ほ、ほんものはどこにいるんですか?
招待男 知らない。居場所を教え合うような間柄じゃないんで。
ギター 最後に会ったのはいつですか?
招待男 会ったことはない。
ギター 会ったことがない?!
招待男 そもそもミスターXのほんものが実在するのかどうか知らない。伝説ってそういうものですよね(腕章の男に)
腕章  (うなずいている)
招待男 ニセモノであるためにはほんものでなければいいんであって、対応するほんものがいるかいないかは問題じゃない。
ニセモノを見ればどこかにほんものがいると思うのは幻想だ。
ギター ちょっと待ってください。じゃあ、そもそも、ほんもののミスターXはどこにもいないかもしれないっていうことですか?じゃああなたは何ににせたにせものなんです?
招待男 僕は、僕がそうでありたいと思って思って思って思ってでも僕にはそうなることができなかったもののニセモノだよ。
ギター なんでにせものになんかなったんです?
招待男 ほんものになりたかったからに決まってるじゃないか。

ギターの男は呆然としている。
 
腕章  つまりあなたはほんもののミスターXではない。以前この町にいたミスターXもほんもののミスターXではない。
なるほど。この町にたどり着いたことはそのにせものにとって幸いでした。
この町はどこからも遠くにある。どこか遠くの町からやってきたものの何がほんもので何がにせものなのかを判断するのは難しい。というか、そういうことに誰も興味がない。いろんなところからやってきたいろんなものがこの町で偶然混ざり合う。もとが何のほんものだったのか、ほんものとどう違ってるのかに興味がない。そういうことに興味があって、ほんものに会いたい人はこの町を出て行く。貴方のように。
招待男 でも戻ってきた。
ギター …!!
腕章  彼は、あなたがニセモノだと知っててここへ招いたんですか?
招待男 さあ。
腕章  なぜ、こんなところで突然のカミングアウト?
招待男 ちゃんと、にせものの立場で、この人と話したくなったんで。
ギター え?
招待男 ミスターXのにせものはたしかに世界中にいる。でも、君の出会ったミスターXがにせもののミスターXだったのかどうかは、僕には分からない。
ギター え?それは?え?え?
招待男 君が何に騙されていたのかも、僕にはわからない。
腕章  あ。何をする!
後ろで物音がする。三人が振り返ると、灯台守が写真を撮る男と赤い靴の女に銃をつきつけて立っている。

ギター …え?なんですか?何が起こってるんですか?
腕章  やめるんだ。暴力ではなにも解決しない。

灯台守はなぜか泣いている。

招待男 誰?
腕章  灯台守です。この公園を管理してるスタッフです。
招待男 灯台守がなんで泣いてるんです?しかも人質をとって…
灯台守 わかりません。僕は、ずっと、ここで、ニセモノの港とニセモノの灯台を守ってきました。
腕章  公園といいなさい。
灯台守 公園の数は決められている。公園倫理委員会は、「美しい公園」を創ろうとする。僕も美しい公園を創りたい。港の伝説に彩られたこの公園に、僕は灯台守として着任しました。
だから僕はここで船を待ちました。灯台守は、伝説の登場人物です。僕は、この公園を誰よりも近くから見ていました。伝説の内側から。
ここはほんとうに美しい場所です。報告書を書くのは簡単だと思いました。なのに、僕は報告書を完成させることができませんでした。

腕章  それはもういいから、落ち着きなさい。
灯台守 苦しくなってきて。
ギター 苦しい?
腕章  だから仕事を途中でやめたんですか?
灯台守 僕がやめたのは報告書を書く事だけです。
ギター ん?
灯台守 やめたんじゃなくてとりかえしたんです。

灯台守 ここにいると、この公園の一日は、この港の一日のぜんぶなんです。
ある町のある公園のある一日ではないんです。
この公園の一日は、この公園の一日に満ちている。
ひとつひとつがここでしか意味のない意味に満ちている。そのことがとても美しいと思うのに、僕はそれを記録することができない。
美しい公園という言葉は、このかけがえのない今のこの時間を、世界中にある「美しい公園」の時間に変えてしまう。「名もない」「ささやかな」存在と出来事に置き換えてしまう。僕とこの公園の関係を裏切ってしまう。このかけがえのなさこそがこの場所なんだということを僕は報告書に書くことができない。
ここはほんものの公園だけど、ニセモノの港で、ニセモノの灯台で、僕はニセモノの灯台守として、来るはずのない船を待っている。ほんものの公園が美しいことは言葉で説明できるけど、ニセモノの港の幸せな生活をニセモノのままどうやって説明すればいいのかわからない。
裏切りたくない物を裏切らないでいるために、どうすればいいかわからない。
報告書を書くことでこの公園を語るのは無理なんです。

写真 語りえぬものについて沈黙したんだ。
赤靴 なにそれ?
写真 正義のあり方の一つ。
  
腕章  あなたの気持ちや正義がどうなのかは関係ないんです。あなたは記録を残さなかったんです。
私たちは、記録されなかったものの中から選ぶことはできないんです。だからこの公園はなくなるんです。
…いや、それよりも。早く、早く人質を開放しなさい。灯台守が港で人質をとって何を要求するつもりですか?
灯台守 公園を…ちがう…港を…(泣きじゃくって言葉にならない)
招待男 この場合、公園の存続だろうね。

写真 やっぱりこんなの無理ありすぎですよ。もうやめましょう。
全員 ?!
赤靴 すいません。だいじょうぶです。私たちは無事です。このひとは、公園に来たひとに危害を加えられるような人ではないです。
腕章  知っています。だから驚いているんです。
赤靴 港を守りたかったんですよ。
写真 でもそれは無理だったんですよ。あまりにも気の毒だったんで。なにか力になりたいと思って。
腕章  …
写真 こんなことしても何も変わらないと思ったんですよ。僕らも。この人もわかってると思います。
でも気持ちなんとなくわかるし。でもどうしようもないこともわかるし。どうしていいのかわからなくて…ね(赤靴に)
赤靴 なんか私たちにできることがあればと思って。
腕章  できるからといって公園でこんなことをしてもらっては困ります。
写真 だってこのままだとこの人、消えてしまいそうだったんで。
赤靴 灯台守…泣かないで。
写真 泣くな灯台守。
灯台守 すいません…あの人の(招待男)…話が…
招待男 え?なに?
灯台守 わあ(泣く)

ギター にせもの…港…灯台守…
灯台守 なんですか?
ギター いえ…あなたもいろいろ思うところあって苦しいと思いますが、僕も今けっこう苦しいです。
灯台守 (泣く)
ギター あなたのせいではないです。
灯台守 (泣いている。)

唄うたいが謳っている。
ギターの男は、ギターを取り上げて、それに合わせて弾く。
灯台守の男が叫ぶ。

灯台守 なんですか?
ギター 新曲です。僕も混乱しているんです。
写真 新曲と混乱の関係がわからない…。
ギター 僕にだってわからないです。
招待男 音楽ってそういうものなんだよ。
赤靴 そうなんですか?
写真 分からない。音楽のことは…

灯台守の男、ギターの男の手からノートを奪い取る

灯台守 なんであなたがこれを持ってるんですか?
ギター 拾ったんです。ここで。 
灯台守 それは…
ギター 歌詞ではないと思うんですけど、なんだか…
灯台守 それは詩じゃない
ギター そういってるんです。でも、
(歌い始める)
灯台守 僕のノートだ。
腕章  そのノートは公園の報告書です。報告しなかったので報告書ではなくなりましたが。
ギター
♪いつか海の向こうの町から船がやってくる。
ここはほんものの港になる。

灯台守 ひとの…ひとの報告書に…勝手に曲をつけたりしないでください!

写真の男が別のノートをとりあげる
ギター
♪ここは行き止まりではなくて海の向こうの
見えない町への玄関になる。

灯台守 (写真の男に)返してください。
赤靴 捨てるんじゃないんですか?
灯台守 捨てるのと人の手にわたるのは違います。
赤靴 機密書類を捨てる時はシュレッダーをかけないとだめですよ。
灯台守 そんな気の利いたものは灯台にはありません。

ギターの男は歌っている
ギター
♪伝説。伝説。
灯台守 歌うのもやめてください
ギター
♪でも今は公園
港の形の公園

招待男 君…演奏巧くないね…。
ギター (え…。)
招待男 巧くなるといいね。
ギター …
招待男 なるよ。そのうち。
ギター …
招待男 でもその歌は悪くない。
ギター・灯台守 !!

赤靴 わるくない
写真 わるくない
唄うたい わるくない
皆 !!

ギター
♪僕は毎日、にせものの灯りをともす。

写真の男は手に取ったノートを読みあげる。
灯台守が書いた、公園の報告書?
…とは思えない、これは物語?誰の物語?
写真 
「遠くの海を漂う、一艘の船がありました。
その船の正体を誰も知りません。
なぜ海を漂っていることが分かるのかというと、航海記を書いてこっそり投稿を続けている者がいたからです。

その航海記は人気がありました。
世界中の、船に乗らない旅をしない海を漂わないたくさんの人たちが、まるで自分のことのように、その船の旅に心を痛めたり励まされたりしていました。

ところが。ある日を境に航海期は投稿されなくなりました。灯台の明かりに導かれ、ある港にたどり着くところで、その記事は終わってしまいました。

投稿者が失踪してしまったのです。最初からすべて投稿者の嘘だったのだと誰かが言いました。嘘がばれるのが怖くなって逃げ出したのだと。
けれども、もし…」

皆、聞いている。

腕章  何ですかこれは。
灯台守 わあああ。
腕章  ちゃんと考えてちゃんと報告書を書いてください
灯台守 考えたんです
腕章  これは報告書のノートです。
公園の報告書には公園のことを書くんです。あなたの作り話ではなく
灯台守 …ここは…伝説の港公園です
皆 ?
灯台守 僕は、記録されなかったもののなかから選びたい。
腕章  なぜそんな勝手なことを…
灯台守 …
腕章  どうしてこの公園がなくなるのかわかってるんですか?
灯台守 (泣く)

赤靴 (ノートを見ている)これ、続きどうなるんですか?
腕章  !?
赤靴 続き気になります。 
写真 気になりますね
招待男 うん、気になる。

腕章  (慌てる)これはこの公園とは関係ない、この人の創り話です。
赤靴 分かってます。だからこの人に聞いてるんです。
灯台守 続きなんかありません。
赤靴 どうして?
灯台守 書き終わってないからです。
赤靴 どうして?
灯台守 書き終わってもどうしようもないからです。   

赤靴の女は、拾い上げたノートをめくり、声を出して読み上げる

赤靴 「海辺で靴をなくしたことがあるんです。探しても見つからなかった。結局、片方だけ裸足のまま、帰りました。
履けなくなった靴はいつのまにか新しいのに変えられて。捨てたり、破れたり、したんでしょうけど、全然覚えていない。その、赤い靴のことだけは覚えてるんです。こんな風に波の高い日。波と一緒に打ち上げられて戻ってくるんじゃないかという気がするんです。戻ってくるのは片方だけですか?失くしたのは、片方だけですから。失くした靴は戻ってきても、失くさなかった靴は戻ってきませんよ。だって…」

赤靴 これも…続きがない

腕章の男は廃棄する予定のノートをぱらぱらめくっている
積み重ねられたノートをぱらぱらめくって確かめている。どれもこれも、同じような、途中で終わった書きかけの文章…

ギター男 (ノートを見る)これも
招待男 (ノートを見る)これも
写真 これも。

写真 …書きおわらなくてもいいじゃないですか?
灯台守 だから書き終わらなかったんです。
腕章 そうです書き終わらなかったからこういうことになってるんです。
写真 そうじゃなくて。書き終わらないまま、いつまでも書き続ければいいんです。
腕章  なにがいいんです?
赤靴 何がいいんでしょう。
腕章  適当なことを言わないでください。
灯台守 なんのために?
写真・赤靴 書き上げてしまわないために。
写真 あなたの港とあなたの灯台を裏切らないために。
ギター …伝説…
写真 伝説です!
   
灯台から機械音が聞こえてくる

写真 なんでしょう。
腕章  ああ。もうこんな時間。
この時間になると、灯台の発電機が動き始めるんです。灯りを、ともすために。
最後の運転です。
ところでクロージングフェスはどうなってるんです?(唄うたいに)
赤靴 この公園は、やっぱりなくなるんですか?
腕章  そうです。
灯台守 船は、来なかったんです。

唄うたいは太鼓をたたく
ギターを持つ男はまた、それにあわせて弦をつま弾く
そして、歌う。
日が暮れてきた。
やがて夕刻を告げるサイレンの音が聞こえてくる。
灯台の機械音、車の音、サイレン、ギター、歌声…波の音、風の音

色んな音がまじりあって、誰も聞いたことのない新しい音が港に響く。唄うたいの太鼓?の音がひときわ高く。

ギター(歌う。途中から、ノートを覗き見て招待男と写真の男も歌う。灯台守の報告書は歌になって港に響く)
 
♪いつ迄、待ってても船は来なかった。
ここは今日でおしまいになる。
ここから海を見ることも、船を待つことも
僕にはもうできない。
伝説。伝説。
♪全部クロージング。
港も灯台も。クロージング
僕はもう、伝説の中にいない

そして空は少しずつ暗くなり、灯台の明かりが海を照らす。でも船は来ない。
船は…、来なかったのだ。

ギター(歌う)
♪いつの間にか港に穴が開いていた。
誰があけたのかわからない。
ここにあいた穴は毎日少しずつ大きくなって、
飛び越えることができない大きさになった。
♪伝説。伝説。

ノートにはそこから先の歌詞がない。ギター男は歌うのを止める。
なぜか招待男は歌い続ける。

♪そんなはずはない。
にせものの穴かもしれない。

ギター男が演奏をやめ、港は静かになる。

招待男(灯台守に近づいて歌う)
♪だけど 大きくなった穴は 
灯台を 港から 切り離した
唄うたい(灯台の上から降りてきてギター男を促してさらに続きを歌う。
誰が作った歌なのか…?)
♪いっそここから今から船出をしよう。
船はないから灯台で行こう
だって(唄うたいが招待男に振る)
招待男 にせもの港。
(唄うたいがギターに振る)
ギター にせものの灯台。

唄うたい・ギター 
♪嘘でもいいから船にだってなれる

♪伝説。伝説。
全部持っていこう
ニセモノのまま

灯台のふもとに空いた大きな穴が限界まで大きくなる。それはもう穴ではなく…
港から切り離された灯台は、発電機の音を響かせ、岸を離れていく…。
灯台守は一人、灯台と反対方向へ歩き出す


皆それを見ている…
灯台守、突堤の端までたどり着くと灯台の方へ向き直り全力で走り出す
そして大きくなった穴を飛び越える

ギター男 (灯台守に)
 ♪僕はここから伝説を届けに行く

ギター男は灯台守を灯台の側に残して穴を飛び越える

ダダダダダダダダ… ダダダダダダダ…

突堤から切り離された灯台は、灯台守一人を乗せ、他の六人を岸に残して
エンジンをふかして海へと出ていく。

舵をとるのは灯台守。
行く手は大海原。
誰かが待っているかもしれない、誰も待っていないかもしれない遠くの港へむかって。
灯台を送り出すマーチが夕暮れの港に響き渡る。
…かもしれないし、すべては、誰かの心に変われているニセモノの風景なのかもしれない。

(続く)

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