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もし、ナポリ人が口喧嘩をしていたら…

僕が日本人だと言うと、だいたいのナポリ人は胸の前で手を合わせてお辞儀をするポーズをとる。僕は普段の生活であのポーズをとることはほぼ皆無だし、多くの日本人も同じだろう。

長期滞在しているB&Bのオーナーのチーロも、僕が日本人だと知ると手を合わせてお辞儀してきた。こちらも脊髄反射で同じポーズをしたくなるのだが、そうするとお辞儀のポーズを受け入れたことになってしまうので、それはモヤモヤする。

なので一応チーロにも「日本でそれはやらない。ボナペティートのときとか、一部の武術ではやるかもね」と説明してみる。チーロはイタリア語しか話せず、僕はイタリア語を話せないので、どこまで通じたのかは不明だが。

そもそも僕から言わせると、両手を胸の前で合わせる動作ならナポリ人の方がよっぽど多用しているように思う。

というのも、ナポリ人は町中のいたるところでジェスチャーをふんだんに使って口喧嘩をしていて、頻出のジェスチャーとして「両手を胸の前で合わせる」がある。

もうちょっと正確に表現すると、彼らは合わせた手をプイプイと前後に揺らす。ちょうどマッサージの最後のやってもらうあの動作にそっくりだ。

ナポリ人の口喧嘩をしげしげと観察するに、両手を合わせるジェスチャーはそのジェスチャー自体に意味はなさそうだ。ただただ「口喧嘩ジェスチャーガチャ」からランダムに出てきたジェスチャーが両手合わせだっただけのようである。

繁盛しているバルはうってつけの議論の場

僕のパートナーのモニちゃんと、その父のエンツォは大阪でナポリ家庭料理レストラン『パポッキオ』を営んでいるのだが、毎日のようにこの口喧嘩をしている。

エンツォと一緒にパポッキオの共同オーナーをしているオッチャン(全員からオッチャンと呼ばれているので名前を知らない)はこの口喧嘩が始まると「親子喧嘩はやめて〜」とオロオロしてしまうらしい。

ただ、モニちゃんとエンツォの口喧嘩は口喧嘩に見えるだけで実際は「仕事の打ち合わせ」であることがほとんどなのだ。口喧嘩のようなものが終わると、だいたい「今日の仕込みはコレ」とか「今日からメニューの見せ方を変える」とか、普通に仕事のアウトプットが生まれている。

僕もナポリに来てみて確信に変わったのだが、ナポリ人による口喧嘩のようなものは、単なるコミュニケーションでしかないのだ。

町を歩けばそこかしこで議論の声が聞こえる

例えば、親戚たちと行ったレストランで叔母のマリアが店員さんとコミュニケーションをし始めたのだが、その内容は「今年のいちじくは美味しいかどうか」だった。マリアと店員さんはけっこうな剣幕で言い合っているので、何も知らない人がハタから見たらマリアが店員にクレームを入れているように見えただろう。

同じように、マリアとそのパートナーのジジが「カルボナーラを作るのにひとりあたり卵が何個必要か」という議題でコミュニケーションしていた。

この日の料理を担当するジジは「ひとりあたり2個だ」と主張。それに対してマリアは「2個も卵入れたら卵臭くなっちまうだろ!」と応戦。結局、マリアとジジの孫のデメーテリオが「カルボナーラのYouTube見ようよ」と言うので、ジジは眉間にシワを寄せながら動画を見たところ、動画のレシピではひとりあたり卵は1個だった。激しいコミュニケーションの結果、カルボナーラの卵は1個になったのだ。

しかし、あとからモニちゃんに詳細を聞いたところ「あれは限りなく喧嘩に近かった」とのことで、卵論争で一触即発の雰囲気だったらしい。よくも卵の話でそこまで熱くなれるものだ。YouTubeを提案したデメーテリオはファインプレーだった。

もしあなたがナポリ料理屋に行ったとき、キッチンから口喧嘩するような会話が聞こえてきたらそれは口喧嘩ではなく、仕事の話か雑談だと思ってほしい。

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