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ナポリで誕生日を迎えてしまった僕を待ち受ける「ナポリ式誕生日」の洗礼

イタリアに滞在している間、モニちゃんの親戚に20人近くに会った。そしてその親戚たちの多くはナポリのフオリグロッタという地域に住んでいて、僕もフオリグロッタのB&Bを借りて過ごしていた。

モニちゃんは僕のB&Bのすぐ近くにある叔母のマリアの家に寝泊まりするのだが、マリアの家は親戚たちにとってベースキャンプのような場所で「とりあえずマリアの家に行くか」という調子で人が集まる。

多くの親戚と共に1ヶ月以上過ごすと、誰かしら誕生日を迎える人がいて、この日はマリアの夫のジジが誕生日を祝われていた。

ジジはクセが強いが憎めない男

僕がジジに「いくつになったの?」とたずねると、ジジはイタリア語がわからない僕にもわかりやすくハンドサインを交えて「セッサン(6)トット(8)」と答えてくれた。

そのジジは両手の人差し指と中指で菱形をつくり「8」を表現してくれたのだが、なにをどう見れば8になるのか理解できず、僕はかろうじて苦笑いをしながら「アグーリ(おめでとう)」とだけ言った。

またある日、マリアがひっきりなしに誰かに電話をして「おめでとう」的なことを伝えていた。同じ誕生日の人が何人もいるのかな?と思ったが、モニちゃんに聞くと「今日は『ローサの名前の日』だから、マリアは親戚や友達のローサに片っ端から電話をしてるんだよ」とのことだった。

なるほど、イタリアに「名前の日」があるのは納得がいく。というのも、イタリアは日本ほど名前の種類が多くないからだ。「アンジェリーナが…」と話し始めても「どのアンジェリーナの話?」と聞き返される程度には同名が珍しくない。

「名前の日」がイタリアの人にとってどのくらいの重要度なのかはわからないが、わざわざ電話で全ローサにお祝いを告げるマリアはかなり律儀なタイプだとは思う。

さてさて、次に誕生日を迎えるファミリーは誰だろう?とカレンダーを見ると、アラびっくり。もうすぐ僕の誕生日ではないか。

親戚が集まるランチの最中にモニちゃんが「タイチがもうすぐ誕生日だよ」と伝えると、キッチンで洗い物をしていたマリアが手を止めた。そしてマリアはこちらに向き直って僕の前に仁王立ちすると、ニヤリと笑いながら「ナポリでは誕生日の人が参加者全員にご飯を奢るんだよ」と言い放った。

これは困ったことになった。初めて訪れたナポリで、初めて出会った親戚たちに、いったい何をどうオモテナシすればいいんだろうか。マリアや親戚たちにはお世話になっているので、むしろ奢らせてくださいという気持ちではあるのだが、いかんせん土地勘のないナポリでアイデアがまったくない。

いや、奢りたい気持ちは山々だが、出会った親戚20人が集結してしまったらいくらコストがかかるかわかったもんじゃない。いやはや、大変なことになってしまった。

などとグルグルと考えを巡らせている僕に、マリアは「だから誕生日までタイチは、我が家ではメシ抜きだな!」と追い討ちをかけてきた。もちろん冗談なのだが、誕生日に奢るという話と、メシ抜きにいったいなんの関係があるのか。

考えてもアイデアが出るわけじゃないので、誕生日のことは忘れたフリをしてしばらく過ごすことにした。ちなみにその間もマリアは僕に手作りの料理を食べさせてくれた。

ある朝、マリアとジジがおすすめしてくれたバルに朝ご飯を食べに行った。ナポリでは朝ご飯はもっぱらドルチェ(甘いお菓子)とカフェが定番なのだが、そのカフェはスフォリアテッラやカンノーリ、グラッファ、コルネットといったナポリ伝統のドルチェがうなるほど美味しかった。

ハズレのないナポリ伝統のドルチェたち

僕はマリアに「おすすめしてくれたバル、ドルチェがすごい美味しかったよ」と伝えるとマリアは「そうでしょう。あ〜あ、タイチが誕生日にあのバルでホールケーキ買ってきてくれるのが楽しみだな。」と言った。

むむむ…計算なのか天然なのか、マリアは態度を軟化させており、僕の誕生日の期待値を「全員にご飯を奢る」から「ホールケーキを買ってくる」という実現可能なラインに引き下げてくれたようだ。助かった、お店もブツも決まれば、あとは当日ケーキを買いに行けばいいだけだ。

マリアの絶妙な期待値調整によってピンチを免れた僕は、肩の荷が降りてかなりホッとした。その日の夜、B&Bに戻った僕はスーパーで買い込んだモルタデッラ(ハム)をアテに3本入りのモレッティ(イタリアで有名なビール銘柄)を飲んで祝杯をあげた。

B&Bの壁紙がオレンジすぎてモルタデッラが映えなかった

誕生日エピソードは後編に続きます。


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