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【元外交官のグローバルキャリア】宮中晩餐会での通訳

30代の頃、外務省で通訳を始めた時にモロッコ国王御一行の天皇陛下と皇后陛下主催の宮中晩餐会での通訳に入ることになりました。その回想です。

それまで小渕総理主催の総理公邸夕食会やアメリカ大使主催の公邸夕食会、小泉総理主催ブッシュ大統領歓迎レセプションでの通訳はこなしていますが、皇室行事での通訳というのは格別な体験でした。

通訳の服装

普段通訳をするときに服装の指定はありません。不届者の私は、6時や7時のNHKのニュースの画面の端っこに映り込むために、明るい色を着ることもありました。

宮内庁関連の通訳が決まって、まずは役所内で宮内庁の窓口となっている儀典官室に出向きます。くるぶしまでかかる黒いスカートを借りに行きつつ、服装の指示を受けました。スカートは貸し出してくれるけれども、その上は自前の白いブラウスを着ることになっています。ちょうど良い素材のブラウスがなく、新規にそれに合うブラウスを購入しました。宮中晩餐会への参加費と思って自腹で、その時一度着たきりです。

食事

当日は皇居に早めに集合して、通訳全員が別室で晩餐会で出る食事をいただきます。コンソメスープ、舌平目のソテー、ししゃものフライ、魚のテリーヌ、牛フィレのデミグラスソースと言う古き良き伝統的宴会フランス料理でした。通訳がメニューの内容を把握する目的で事前にしっかりと食事をさせてくれるようです。ちなみに総理公邸では事後に豪華なお弁当をいただきました。大使公邸では、食事そのものに参加させてもらっているので、食事をしながらの通訳でした。

私が担当したのは外交団長のニカラグア大使の英語の通訳です。モロッコ国王御一行なので、フランス語が飛び交っています。なぜニカラグア大使にスペイン語の通訳ではなくて英語の通訳がついたのかは謎でしたが、一世一代の宮中晩餐会ですので文句はありませんでした。通訳の出る幕もほとんどなくて、私は存分にその場の雰囲気を味わい、観察する恩恵に授かりました。

晩餐会の始まり

勇ましい行進曲が流れてきて、天皇陛下・皇后陛下(今の上皇両陛下)、モロッコ親王、皇太子殿下(今の天皇陛下)、秋篠宮ご夫妻、常陸宮ご夫妻、三笠宮ご夫妻、高円宮妃殿下・・が颯爽とご入場されます。妃殿下はティアラを着けてロング・イブニングドレスをお召しです。素肌は露出せずに、メッシュが腕にうっすらとかかっています。モロッコ関係の男性は皆白いフード付のガウンみたいなジュラバという伝統的な服装に房が付いた赤い帽子をかぶりスリッパのようなバブーシュを履かれています。

賓客は別室で事前に陛下への謁見があります。格の順番で名前が読み上げられて天皇・皇后両陛下にご挨拶となります。通訳の自分はニカラグア大使の横で一応日本語に訳しますが、ご挨拶程度なので更にその場で会話を訳すことはありませんでした。

晩餐会の食事

フラットタイプのグラスにドンペリニョンでの乾杯があり、黄金色のシャブリ、ゴブレットに入ったシャトーマルゴーが用意されています。別室で私たちが食べた時は小皿でサーブされていたお料理を、ウェイターの方が賓客の横で大皿を傾けます。そこから賓客はコンソメスープをすくい、舌平目のソテー、ししゃものフライ、魚のテリーヌ、牛フィレを各自自分でお皿にサーブします。デザートも皆自分で取り分けます。これは、皇室や王室独自の昔からのしきたりなのでしょうか。

食事の席次はプロトコールに則って、女性と男性が序列に従って交互に座ります。夫妻は並んでは座りません。1時間半で食事を終えて、別室に移ります。飲み物は有無を言わさずコーヒーです。紅茶、カプチーノやハーブティーを注文する余地はありません。おもてなし、というより格式、という感じでした。

楽隊

宮中で聴く君が代は格別でした。クラッシックを演奏する楽隊は、普段は雅楽を演奏している、とは外交団長の近くに座る法務大臣のお話です。大臣は通訳の私にまでお酒を勧めてくださいましたが、「公務中ですので」とやんわりとお断りしました。

夕方5時に皇居入りして、役所に戻ったのは夜11時でした。高揚感冷めやらぬ一度きりの宮中晩餐会の経験でした。外交団長が、「I must ask, how is the Princess?」と皇太子妃の不在について聞き、浩宮皇太子殿下が「Thank you… She is not well.」と誠実にお答えになった口ぶり。男女共同参画大臣が青いドレスを翻して、「前回は赤で話題になったから今日は青よ」とくるりと周り、皇太子殿下にぶつかりそうになって「まあ、殿下!」とい両手を口に持っていった姿と殿下の表情。なぜか天皇陛下よりも皇太子殿下の方が印象に残った夜でした。

その約15年後に、徳仁天皇陛下即位の礼で正殿の儀で再度皇居に居合わせることとなります。これも外務省ならではの経験です。

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